約 168,242 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2864.html
前へ 神姫とは。 ある世界においては、全稼働型の美少女アクションフィギュアのことである。 神姫とは。 またある世界においては超高性能AIを搭載した、主人に従う心と感情を持つフィギュアロボットのことである。 神姫とは。 古今東西あらゆる属性を取りそろえ、抜群の容姿と戦闘力を兼ね備える完璧超人(?)である。 神姫とは。 主人の好機に槍となり、なにより生活に潤いを与えてくれる存在である。 そして鷹峰家の神姫とは…… 『ハーヤーテー!!』 別に東京の朝空に響き渡ってはいないが、ハヤテは少女の声を聞き即座に自分のベッドから飛び起きた。 鷹峰ハヤテは十五歳。職業は高校生……予定。 予定というのは、今は中学校卒業後の高校への準備期間であり、まだ高校生ではないからである。 「……どうしたの、ナギ」 眠たげな眼をこすりながら、ナギの声のするほうを向く。 すると小さな二つの液晶画面に向かっていた少女が、不機嫌そうな顔でこっちを向いた。 『バトルハウスで100連勝できない!!』 彼は苦笑いをしながら、あぁ、と思った。 「朝からゲームですか」 『何度やっても60くらいで止まってしまうのだ。 ハヤテ、もうマルチバトルでもいいから助けてくれ』 「……そうだね、面白そう」 彼はそう言いながら部屋の扉に手をかけた。 「じゃあ、着替えて顔を洗ってくるよ。 そしたら僕も入ってあげる」 神姫とはいえ、少女のいる部屋で着替えるのは抵抗があったのである。 『……わかった、早く済ませろよ』 心の中で「はい、お嬢様」と言いつつ、ハヤテは廊下で着替えを済ませ、洗面台で顔を洗った。 「ただいま」 樫の木でできた扉を、極普通に開ける。 『遅い!「ハヤテ」なら全力疾走で来るところだぞ!』 「いや、階段もあるしそれはちょっと」 ハヤテは3DSを起動しながら言う。 「……それで、どんな作戦で行こうか」 『雨パでいいだろう』 「え? 僕晴れパなんだけど……」 『えー? そうなのか? じゃあ私に合わせろよ』 「えぇ? でも…… うーん……」 『あー、もういい、私はこれで行くぞ!』 「え、え? じゃあ僕もこれで……」 バトルの明暗を分ける2人のパーティの相談しないまま受付を済ませる2人。 だがそのパーティの中身は…… 「あれ、ナギ普通のパーティで行くの?」 『そういうお前も普通のじゃないか』 「それは、ナギに合わせようかと……」 『私もお前に…… おっと、始まってしまったな。 む、相手は初戦から強いのを繰り出してきたぞ……』 「大丈夫、たたみがえしがあるよ……ほらっ」 『おおっ!』 彼女を防御技で守って見せると、少女は感心の声を上げた。 彼女こそがハヤテの神姫であるナギ。ハヤテのごとく!のヒロインである三千院ナギをモデルとしたれっきとした武装神姫の一人である。 「主を守るのは、執事の務め、だよね」 『うむ、これで安心して積めたぞ!』 「よし、じゃあ攻撃だ!」 『うむ! ……当たった! 凄い! やったぞハヤテ!』 協力により、見事強力な相手を倒した二人はお互いに賞賛しあった。 『やっぱり、ゲームは二人でやると楽しいな』 「寝起きでマルチバトルするとは思わなかったけどね、ところで」 『ん?』 「このハヤテのごとく!のノベライズ版一巻プロローグ風のオープニングの流れはいつまで続くの?」 『そうだな、そろそろやめるか』 というわけで、普通の流れに戻ります。 第1話 「ナギのごとく!」 本日4月6日。 あれからもう十日が経とうとしていた。 もちろんあれとは、ナギが鷹峰家に来たあの日である。 「……はぁ、もう明日は学校かぁ……」 『学校?』 「言ってなかったっけ。 明日は高校の入学式なんだ。 だから、明日から学校」 『なんだ、お前ニートじゃなかったのか』 「……違うよ。 っていうか、生徒手帳見せたよね?」 休暇中ニートのような生活をしていたのは確かであるが。 ナギが鷹峰家に来たことも相まって、二人でゲーム三昧な毎日を送っていたのである。 「そうだ、ナギは僕が学校行ってる間どうするの? ……ナギも学校来る?」 『誰がそんなもの行くか。 家でゲームでもしているさ』 (そう来ると思ってた) 原作でも不登校気味で一日中家で漫画とゲームをしておりスーパーインドアライフを全力で満喫しているようなヒロインである。 (連れてけなんて言われたらどうしようかと思ってたけど、余計な心配だった) 「じゃあ、ナギは家で待機ね」 『……ハヤテもサボったらどうだ。 ゲームの続きをしようじゃないか』 「僕は初日から学校をサボれるほど、ナギみたいに神経が図太くないからね」 『む!あれは別にサボったわけではない! ただちょっとその……たどり着けなかったと言うか……なんて言うか……』 「でも登校中に海に行こうとしたり勝手にはぐれて時間を潰そうとしたり……」 ※ハヤテのごとく!4巻参照。 アニメではそのシーンは削られてました。 『うるさい!とにかく私は学校には行かんからな! 一人で一人用のゲームでも漁っているから安心して学校に行ってくるがいい!』 「あはは、はいはい。 さて……じゃあ」 時計を見ると、もう11時50分。 あと10分もすれば4月7日。入学式の日だ。 ちなみに学校が始まるのは8時40分である。 (通学の時間とか計算して……7時くらいに起きればいいかな。 やっぱり最低でも7時間は寝たいから、そろそろ…… でも、やっぱり初日から遅刻は嫌だし、もう少し早く?) 『ハヤテ?』 「とりあえず、アラームをセット……」 ハヤテはスマホを操作し、アラーム機能の画面を開く。 時間を6時にセットし、音量を最大に、ちゃんと設定されたのを確認し、携帯を閉じた。 「それと、明日持っていくものは…… 上履きと、筆記用具に、財布に、携帯電話(スマホ)に…… あと、ゲーム機も……」 復唱しながらバッグに詰めてゆく。 (こんなものかな) 確認を終え、ハヤテは歯を磨きに行くために立ち上がる。 「じゃあ、僕は歯を磨いて寝るよ。 ナギもクレイドルに戻ったら?」 『あぁ、そうだな。 ハヤテが寝るんじゃ仕方ない、私も寝るさ。 ……でも、電気を切るのは戻ってきてからだぞ、いいな』 「わかってるよ」 ナギは一人で眠れない、という部分も再現されているようで、 こういった細かい再現もファンであるハヤテとしては嬉しいところである。 「ただいま」 『おお、戻ってきたか』 そう言ってナギはクレイドルに座り込む。 『それじゃあ、もう寝るぞ』 「そうだね、それじゃあおやすみ、ナギ」 『うむ、おやすみ』 ハヤテはナギがスリープ状態になったのを確認し、そのままベッドに転がりこむ。 (学校か…… ……確かに二人で一日中ゲームしてたいって気持ちはナギと同じなんだけどな) ハヤテはそう思いながら、眠りについた。 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2376.html
第1部 戦闘機型MMS「飛鳥」の航跡 第9話 「嵐兎」 グワワアーン!! 廃墟ステージで大爆発が起きる。 砂地で砲撃を行っていたスーザンがびくりと振り向く。 スーザン「なっ・・・なんだ今のは?」 スーザンの砲撃から身を隠していたミシェルとヴァリアも驚いて廃墟ステージを見る。 ヴァリア「クソッタレ!一体どうなってんだ!」 戦乙女型MMSの「オードリ」がミシェルに近づく。 オードリ「ミシェル、チームの半分はあの動けなくなった戦艦型神姫に撃破されてしまいましたよ」 ミーヤ「こりゃダメだよ」 戦車型のヴァリアが腕を組んで必死に考える。 ヴァリア「うーんうーん・・・どうしよう?」 そのとき、1機の黒い天使型神姫と飛鳥型の神姫がヴァリアたちの隠れている岩陰に飛び込んできた。 アオイ「調子はどうだい?」 エーベル「うは、酷いなこりゃ、そこらじゅう神姫の残骸だらけだ」 ミシェル「あんたらは護衛機の相手をしていたんじゃ?」 アオイ「数機、ぶち落として加勢に来たぜ」 エーベル「今、残っているチームの残存神姫は何機だ?」 ヴァリアが手を上げる。 チーム名「城東火力特化MMSギルド」 □戦車型MMS「ヴァリア」 Sクラス オーナー名「松本 弘」 ♂ 25歳 職業 ベアリング工場員 □ウシ型MMS「キャナ」 Aクラス オーナー名「木村 雄一」 ♂ 25歳 職業 システムエンジニア □ケンタウルス型MMS「コルコット」 Aクラス オーナー名「三浦 晴香」 ♀ 17歳 職業 高校生 □ヤマネコ型MMS「ミーヤ」 Cクラス オーナー名「河野 恵」 ♀ 17歳 職業 高校生 ヴァリア「こっちは4体しか残っていない、武装も投棄しちまってろくな武装がない。 ミシェルもお手上げのポーズをする。 チーム名 「定期便撃沈チーム」 □ヘルハウンド型MMS 「バトラ」 Bクラス オーナー名「合田 和仁」♂ 15歳 職業 高校生 □戦乙女型MMS 「オードリ」 Sクラス 二つ名 「聖白騎士」 オーナー名「斉藤 創」♂ 15歳 職業 高校生 □サンタ型MMS 「エリザ」 Bクラス オーナー名「橋本 真由」♀ 17歳 職業 高校生 □マニューバトライク型MMS 「ミシェル」 Sクラス 二つ名 「パワーアーム」 オーナー名「内野 千春」♀ 21歳 職業 大学生 □天使コマンド型MMS 「ミオン」 Bクラス オーナー名「秋山 紀子」♀ 16歳 職業 高校生 □フェレット型MMS 「スズカ」 Bクラス オーナー名「秋山 浩太」♂ 19歳 職業 専門学校生 □ウサギ型MMS 「アティス」 Sクラス 二つ名 「シュペルラビット」 オーナー名「野中 一平」♂ 20歳 職業 大学生 □蝶型MMS 「パンナ」 Bクラス オーナー名「田中 健介」♂ 19歳 職業 高校生 □剣士型MMS 「ルナ」 Aクラス オーナー名「吉田 重行」♂ 28歳 職業 電気整備師 □ハイスピードトライク型 「アキミス」 Bクラス オーナー名「狭山 健太」♂ 19歳 職業 大学生 ミシェル「こっちも似たようなものですわ、半分以上の神姫は生き残ってますけど、戦意を喪失して、実質戦えるのは数体ってところかしら?」 チーム名「1111111」 □黒天使型MMS「エーベル」 Sクラス オーナー名「斉藤 由梨」 ♀ 22歳 職業 商社OL □戦闘機型MMS 「アオイ」 Aクラス オーナー名「立花 一樹」♂ 24歳 職業 事務機営業マン アオイ「たかが、一隻の死にぞこないの戦艦型神姫にキリキリマイとはな」 アキミス「結局、生き残ってるのは、臆病な腰抜け神姫と要領のいいベテラン神姫だけってところだ!!」 コルコット「なんやと!!」 ミーヤ「うるさいな」 アティス「喧嘩するな!!まずはあの戦艦型神姫をどうするか考えないと・・・」 エーベル「誰か指揮を取ってくれ!Sクラスのベテランがいいな」 ヴァリア「俺はいやだよ」 オードリ「私もいやですよ」 ミシェル「・・・・私が取ろうか?」 アティス「頼む」 エーベル「決まりだな」 アオイ「ベテランのAクラス以上の神姫だけで、一斉攻撃だ」 エーベル「うん?」 アオイが砂地に簡単な絵を描く アオイ「いいか、ここが俺たちがこそこそ、隠れている岩だ、この岩の20メートル先に戦艦型神姫が構えている」 ミシェル「戦艦型神姫は被弾していて動けない。だが、奴の砲座とレーダーもろもろはばっちり生きている」 アティス「動けなくなっただけで、戦闘能力は下がってへんな」 オードリ「・・・・接近して攻撃が一番、有効ですが、あの強烈な主砲と対空砲とミサイルをなんとかしないと・・・」 ヴァリア「せやけど、敵は優秀なレーダーとマスターの指揮管制で撃ってくる。レーダーをなんとかしなと・・・どうにもならないぞ」 アオイ「奴のレーダーを30秒だけ妨害できる手があるんだけど?」 エーベル「?なんだ?ECMか?」 ルナ「そんな高級な電子装備持っている神姫おるかいな」 アオイ「古い100年も前の手だが・・・これだ」 アオイは岩の影にあるゴミ袋に煙草のアルミホイルの包装を指差す。 エーベル「アルミホイル?ああ・・・そういうことか」 エーベルはにやりと笑う。 アティスも気が付く。 アティス「クレイジー!!正気じゃないわー」 オードリ「アルミホイル?なんに使うのですか?」 アオイ「こうつかうんだよ!!」 アオイはばっと岩陰から踊り出ると、煙草のアルミホイルの包装を掴んで、スーザンに向かって飛んだ。 スーザン「!!!敵神姫接近!!」 西野「ええい、しつこい連中だ!!まだ攻撃してくるか!!」 岩陰から数十体の武装神姫がどっと飛び出してくる。 ミシェル「突撃!!突っ込むんだ!!」 アティス「ええい、ままよ!!」 オードリ「やああああああああ!!」 西野「撃て!!叩き潰せ!!スーザン!!」 スーザン「了解!!」 スーザンはレーダー照準でアオイたちに合わせるが・・・ アオイはリアパーツのプロペラにアルミホイルの包装を投げつけた。 高速回転するプロペラによってアルミホイルの包装がコマ斬れになって、空に舞う。 ビーーーーーーー!!! スーザンの射撃レーダーが無数に飛び散ったアルミホイルの包装に反応し、真っ白に堕ちる。 スーザン「うわああ!!!な、なんだこりゃあ!!!レーダーロスト!!目標をロックできない!!」 西野「しまった!!チャフだ!!アルミ箔を散布してレーダーを撹乱しやがったな!!」 バンっと筐体を叩く西野。 ラジオにアルミホイルをまくと聞こえなくなる原理をご存知だろうか? 電波は電場(空間に電気の力がおよんでいる状態)と磁場が変動しながら空間を伝わっていく波。金属は電場で揺り動かされやすい状態の電子を多数含んでいて,金属にあたった電波の電場変動はこの電子を揺さぶることに消費される。電波はラジオのアンテナまで「電波」として届かなくなる。 一般に「チャフ」と呼ばれるシステムは、電波は金属によって反射されてしまう原理であり。 電波誘導装置のジャミングに使われるのもアルミ箔を細かく刻んだもの。 アオイは煙草の内装のアルミホイルを利用して即席のチャフ、ウインドウを作ったのだ。 遠距離からレーダーを使って射撃を行うスーザンは、アルミ箔の妨害によって正確な位置と砲撃がまったくできなくなっていた。 西野「ええい!!ソナーだ!!音響探知!!それで割り出して攻撃し・・・」 ミシェルが蝶型神姫のパンナを肩を叩く。 ミシェル「パンナ!!歌って!!!」 パンナをすうーーと息を深く吸うとマイクの出力を大音量に上げて歌った。 パンナ「私の歌を聞けェ♪」 パンナの歌声は、スーザンのソナー探知を狂わせる。 スーザン「!???!?!?!」 西野「どうしたスーザン!!」 スーザン「う・・・歌が・・・聞こえる・・・」 アオイとエーベルが低空飛行で急接近する。 それに続くオードリとミシェル、アティス、アキミス、ルナ 後方ではヴァリアが拳銃を片手に支援射撃を加える。 ヴァリア「撃て!!支援するんだ!!」 コルコット「了解ッー」 ミーヤ「撃破された神姫の武装を使うとは考えましたね」 キャナ「ごちゃごちゃ言わずに撃つ!!」 ヴァリアたちは周りで撃破された神姫の残骸から使えそうな武装を拝借してバカスカ撃ちまくる。 スーザン「ダメだァ!!!レーダー、センサー共にジャミングされて使えねえ!!!」 西野はダンと筐体を叩く。 西野「ならば、光学目測射撃だ、レーザー照準で攻撃しろ!!三角法射撃用意!!あの岩とあの松の木、それから大阪城の天守閣を目標にして三角法にて側距、敵機の位置を割り出して砲撃しろ!」 スーザン「クソッタレ!!アナログかよ・・・」 キューーインンイン・・・シャカシャカ・・・ 演算処理を0.5秒で済ませるスーザン。 スーザンは目を蒼く光らせて、じっと攻撃してくる神姫たちを見つめ、砲撃の準備をする。 ときたま、近くにヴァリアたちが放った砲弾が着弾し爆風と破片が降ってくるが気にしない。 西野「弾着観測は俺がする!!戦闘砲撃用意右80度交互撃ち方、初限入力2335砲撃開始、方向測定はじめ」 スーザン「右ヨシ左ヨシ、敵機距離23160・・・」 西野がマイクを掴んで叫ぶ 西野「撃ち方はじめッ!!!!!!」 ズドンズドンズドンズドンズドンズドンッズドンズッドオン!! To be continued・・・・・・・・ 前に戻る>・第8話 「爆兎」 次に進む>・第10話 「射兎」 トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2199.html
そこは。 意外なほどに広い空間だった。 「……」 部屋の中央には、黒衣の神姫。 忍者装束をモチーフにした装甲衣と背後に広がる漆黒の翼。 「……」 白脱した虚無を思わせる切りそろえられた銀髪。 そして。 「……ようこそ、5年越しの挑戦者達よ」 静かに降り積もる深雪を想起させる涼やかな声。 「土方真紀の武装神姫、フブキ。……だな?」 「ええ」 祐一の問に、静かに頷きフブキは背中の翼を広げた。 「私が、最後の『敵』です」 「……なるほど」 最早、祐一には全てが明白だった。 直に彼女と出会うまでは保留にしておいた問いに、最終的な解答が出る。 「アイゼン」 「……ん」 行くぞ。と、言うまでもない。 祐一のように、この状況を完全に理解した訳ではないだろうが、それでも彼女は彼の判断に疑問を差し挟みはしなかった。 「……」 無言のまま、アイゼンは無骨なザバーカを一歩前へと踏み出す。 「何も聞かないのですね?」 「負けるまで、答える気無いだろ?」 ふふふ。と幽かに笑い、フブキも同じく一歩踏み出す。 「話が早くて助かります」 「……」 フブキと、アイゼンとが、ほぼ同時にそれぞれの武器を構えた。 奇しくも双方、双刀。 アイゼンは何時ものアングルブレードに、大小組み合わせたフルストゥを副腕に持ち、近接戦に備えている。 対するフブキも刀型の剣を両手に一つずつ持ち、明らかに接近戦を意識していた。 「開始の合図は要るか?」 冗談めかして投げかけた祐一の問に、しかしフブキは神妙に頷く。 「お願いしましょう。……それが、貴方がたの流儀でしょうから……」 「……?」 アイゼンの表情に、一瞬だけ戸惑いのような物が生まれ、すぐにそれを押し殺す。 元より、余分な考え事をしながら戦える相手ではない。 「……それじゃあいくぞ。……ゲットレディ」 僅かに屈み、突進に備えるアイゼンとフブキ。 「―――GO!!」 そして、最後の戦いが始まった。 鋼の心 ~Eisen Herz~ 第35話:ネメシス 「―――砕!!」 先手は、当然のようにフブキ。 反応速度も、敏捷性も、移動力も。 凡そ『速さ』と区分できるあらゆる性能が、敵対するアイゼンの比ではない。 両腕を万歳するように掲げ、大上段から二本の刀を同時に振り下ろす。 ≪system“Accelerator”starting up≫ 対するアイゼンは、初手からアクセラレータ。 フランカーから移植された思考加速装置を起動、フブキに追従する反応速度を得る。 AIにかかる負担から、戦闘時間は大幅に短くなるが、コレ無しでは戦闘以前の段階で勝負にならない。 「……っ!!」 性能差の割には必要とする加速度が低い為にアイゼンを苛む頭痛も鈍いが、フブキに対しては、ある程度の事前情報があり、それなりに行動を予測できる為、この程度でなんとか対応範囲に持ち込める。 辛うじて副腕のナイフで双刀を外側に弾き、素体腕で持ったブレードを左右から挟みこむように振るう。 「…疾ッ」 即座にフブキがアイゼンの胸を蹴って離脱。 悪魔型のブレードは空を切る。 直前。 「……行けぇ!!」 そのまま、ブレードが前方に投擲された。 「ほぅ?」 軽く驚きながらも、フブキは双刀で投擲された2本のブレードを弾き飛ばした。 直後。 「む?」 更に、重なるように投擲された刃が4本。 アイゼンが、分解されたフルストゥを両の腕と副腕とで、すかさず射出したのだ。 「初手から武器を全て捨てるか!?」 だが、それぐらい意表をついた攻撃で無ければ、最強の神姫相手に戦いの主導権は握れない。 フブキは一瞬。 ほんの僅かな間だけ判断に迷う。 羽手裏剣での迎撃は、投影面積の薄い刃を打ち落とすには不向き。 かといって避けようにも、アイゼンを蹴り飛ばした直後で宙に浮いている状態では緊急回避は出来ない。 刀で弾こうにも、僅かずつタイミングをずらして投擲された刃は、まるで列車のように同じ軌道を時間差をつけて飛来するため、全弾弾く事は不可能。 ならば。 「防ぐまで!!」 体の前で翼を閉じて構成する分子機械を再配置。 堅牢な殻を形成しそれを盾とする。 ダダダダ、と刃が翼の表面に突き刺さるが、分子機械で多層構造を形成された防壁は貫通をゆるさない。 この時点でようやく、アイゼンを蹴って飛びのいた滞空から着地するフブキ。 刺さったナイフを振り落とす為に勢いよく翼を広げ、開けた視界に。 「……ふっ」 チーグルを振りかぶったアイゼンが居た。 「―――ッ!?」 悪魔型のモチーフに恥じない暴力的な威力の腕(カイナ)が、寸での所で身をかわしたフブキを掠め、空を切る。 極僅かに、爪の先が引っかかった胸部装甲が、しかしその圧倒的な腕力ゆえに大きく裂けた。 (……さすがストラーフ。パワーならば最新鋭の重量級神姫にも引けを取りませんね) 振り抜いたチーグルの勢いは止まらず、アイゼンは大きく姿勢を崩す。 フブキにとっては反撃を行う絶好のチャンスだ。 しかし。 「罠なんでしょう?」 フブキはそれに喰いつくほど浅はかではなかった。 「……ッ」 更に身を引いて間合いを広げたフブキの眼前を、ザバーカによる後ろ回し蹴りが擦過する。 またもやかすり傷を負うが、それを意に介さず、フブキは間合いを広げて仕切り直しを図った。 その選択が、祐一とアイゼンにとっては最も手痛い一手であると、フブキは確かに理解していたのだ。 ◆ 武装神姫を大雑把に両極化すれば、重量級の『パワー型』と軽量級の『高速戦闘型』に分類される。 大きく、重い方がフレームの強度を上げる事ができ、それに伴ってパワーも向上する。 更には自重そのものが、打撃の威力と密接に関わる質量を上げる為、攻撃力は更に向上。 結論から言えば、神姫の重量と腕力はほぼ正比例の関係にあるのだ。 即ち。重いと言う事は強いと言う事だ。 即ちこれこそが重量級神姫のコンセプトに他ならない。 では。 対する軽量級神姫のメリットは何処にあるのだろう? 当然の如く予測されうる答えは『速さ』だろう。 だがしかし。 それでは誤りではない、だけで。正解でもない。 何故ならば、時として『重い方が速い』事もあるからだ。 神姫を例に挙げるなら、アーンヴァルとエウクランテが判りやすい例だろう。 共に飛行タイプの軽量級神姫に分類されるが、実際にはアーンヴァルの方が全備重量はかなり重い。 しかし。最大速度はアーンヴァルの方が圧倒的に速いのだ。 理屈から言えば、エウクランテではアーンヴァルに追いつけない。 ……が、実際の戦場ではむしろエウクランテの方が速さを武器とするのである。 何故か? その答えは『加速力』にある。 仮にエウクランテの最大速度を30、アーンヴァルを50として考えてみよう。 共に最大速度を出している状況では、エウクランテはアーンヴァルに及ばない。 だが、静止状態からの加速勝負なら話は変わる。 アーンヴァルが2秒ごとに10ずつ速度を上げるとしよう。 その場合、最大速度である50に達するのは10秒後。 しかし、エウクランテが10速度を上げるのに要する時間が1秒なら、最大速度である30に達するのは3秒後。 同時にスタートしたのならば、3秒後のアーンヴァルの速度は僅か15、エウクランテの半分に過ぎないのだ。 そして、乱戦中に10秒もの間直進、即ち最大加速をする機会はまず無い。 攻撃のため、回避のため、位置取りのため。 戦闘機動とは急緩が複雑に絡み合う物だからだ。 故に。 軽量級神姫の強みとは、即ち加速力。 如何に短い時間でトップスピードに乗り、そして減速出来るかが性能の優劣を分ける。 そして、それを行う為に最も邪魔になる物が『重さ』なのだ。 逆説的に言えば。『軽量級』神姫とは、速さを求めたが故に『軽く』ならざるを得なかった神姫とも言える。 それを知っている神姫とそのオーナーは、その為に、如何に自重を削るかを命題とする。 無論、装甲は極限まで切り詰める。 武器も必要な分だけあればいい。 速度を得る為の推進器も暴論を言えば、無いほうが良い位なのだ。 そして、そのバランスを如何に取るかがオーナーの見せ所とも言える。 装甲が過剰になれば、速度は目に見えて落ちるし、かと言って、無装甲では爆風や破片と言った避わしようの無い攻撃で致命傷を負ってしまう。 武器も過剰な装備は重さに直結するが、足りなければ敵を倒しきれない。 速度を得る為の推進器も、神姫素体に頼るのか、外付けの推進器を装備するのかで戦闘スタイルそのものが大幅に変わる。 斯様に軽量級神姫の扱いは難しい。 武器、装甲、速度。 このバランスを如何に取るか、最終的な結論は恐らく永遠に出ないだろう。 故に、軽量級神姫のオーナーたちは自らの最適解を目指し邁進する。 各々の解答を以って戦いに挑みながら……。 ◆ そして、原初の軽量級神姫のオーナーであった土方真紀は。 その解答をこう出した。 ◆ 「……自己修復……か。冗談みたいだな……」 「……ん」 チーグルとザバーカで付けたボディの傷が、二人の見ている前でフィルムの逆回しのように消えてゆく。 四本ものナイフが突き刺さった翼も、だ。 「私の装備は全てが分子機械(モレキュラーマシン)です」 彼女の装備、即ち。翼と装甲衣、そして双刀。 「何れも必要に応じて組み替えることで、多様な性質を帯び私の機能を補佐します」 鋭く高質化する事で刃に。 柔軟に風を孕む事で翼に。 幾重にも積層される事で鎧に。 言ってしまえば、フブキの装備は『分子機械のみ』だとも言える。 それ一つが多様な役目を果たすが故に。 「……一応言っておきますが、先ほどの攻撃も無意味ではありませんよ。私の装備を構成する12万の分子機械の内、数百は機能停止しましたから……」 「一応ストラーフの打撃は、掠めるだけでも軽量級神姫なら数発で戦闘不能になる威力なんだけどね……」 だが、フブキの外部装甲は修復が効く。 つまり小手先の小技や、アーマーから破壊して爆風でトドメを刺すような搦め手はほぼ無意味と言う事だ。 「……やっぱり、体の正中線をぶん殴るか、キャノンを直撃させるしかないと思う」 「だな」 「……もちろん、私もそれを警戒しているのですけどね……」 言ってフブキは軽やかに一歩飛びのく。 広げた間合いは、アイゼンにとっては格闘装備の使えない中距離以遠。 元より単純に撃った滑空砲が当たる相手では無い。 ならば、使用するべきは……。 「アイゼン!!」 「……ん」 抜き打ち気味に構えたアサルトライフルで発砲!! フルオートで弾幕を張り、半呼吸ほど遅らせて左右に滑空砲で榴弾をばら撒いて置く。 ライフルをかわす為に左右に避けたのならば、榴弾の爆風で巻き込める。 そうでなければ蜂の巣だ。 ……並みの神姫ならば。 「アイゼン、上だ!!」 「……ッ!!」 瞬時に跳び上がったフブキが、空中で翼を使って方向転換、即、加速!! アイゼンの頭上をキックで狙う。 「……このっ」 合わせる様にチーグルを突き出し、カウンターを狙うが、フブキは全身のバネと翼を使って衝撃を殺し、鋼鉄の拳の上に着地。 「ふっ」 振り抜かれ、伸びきった腕が弛緩する一瞬にあわせ、引き倒すように後方へと蹴る。 「……え?」 爪先から、鋭利な爪が伸び、チーグルを捕らえていた。 伸ばした腕を更に引っ張られたアイゼンが、重心を崩してつんのめる。 驚愕で見開かれた眼前に。 「ごめんなさい」 フブキの足爪が突き刺さった。 「―――アイゼンッ!!」 頭の奥のAIを守る為に、殊更堅牢に作られている頭蓋を引っ掻く音がした。 アイゼンの顔面を削るように振り抜かれたつま先には、湾曲した爪が三本。 その一つが、彼女の左目の位置を抉っていた。 「……ッ、く……」 アイゼンは左目を押さえ、よろめきながらもチーグルを振り回しフブキを追い払うが、しかし。 「アイゼン!! 大丈夫か!?」 「……問題ない、大丈夫。……左目取れただけ」 「だけ、じゃねぇ!!」 神姫センターのバトルなら、敗北をジャッジされるダメージだ。 だが。 「まだ敵は見えてるし、武器もある。……全然余裕」 「……っ」 祐一は一瞬判断に迷った。 元々、彼にはここまでするつもりは無い。 フブキを倒す為に、これほどの代価を払う必要性を、実の所まるで感じていない。 (試合ならコレで負けだし、普通に考えれば戦闘を止めるべきだけど……) 後続にはカトレアもいれば、他の神姫たちもこちらに向かっているかもしれない。 ここで、無理をしてアイゼンだけで倒す必要は、必ずしも無い。 だが……。 「……まだ大丈夫。……やらせて」 アイゼンには、撤退の意思は微塵も無かった。 ◆ 神姫バトルを始めてから5年。 四肢を破壊されるような大ダメージが無かった訳ではない。 だが、神姫にとって手足はある意味では『装備』だ。 交換も容易だし、必要に応じてチーグルなどを直に接続する場合もある。 だが。 頭部は違う。 それは不可分の『本体』。 破壊されたら、『死ぬ』部分なのだ。 そこに、これほどのダメージを負った事は一度も無かった。 当然だ。 フブキは、今までに戦ったどの神姫にも増して強い。 だから。 ……だからこそ。 ◆ 「……ねぇマスター。今、どんな気分?」 「……」 アイゼンの問に答えを探す。 だが、早鐘のような鼓動と焦燥に思考は乱れ、まるで纏まらない。 「……ね、マスター」 「心臓バクバク言っててそれ所じゃないよ」 「……ん。じつは私も」 こちらの会話を待つ心算なのか、動こうとしないフブキを見据えたままのアイゼンが背中越しに語る。 「……なんか。勝てるって確信が無いし、負けちゃうかも、って凄くドキドキしてる」 私に心臓は無いけど。と、続けた後。 「多分、CSCか何処か。……凄いオーバーワークでチリチリするの。 ……マスターもきっと同じだよね?」 「ああ」 深く考えずに、その余裕も取り戻せないままうなずく祐一。 「……でもさ、それ。マスターはよく知ってる感覚だよね?」 「え?」 「……好きでしょ?」 「……あ」 思い当たる。 「初めて敵と戦うとき。 凄く強い敵相手にピンチになった時。 絶体絶命で、でも。 ……まだ、勝ち目が残ってて、諦めきれない時……。 いつも『こう』だよね?」 RPGで。 シューティングで。 対戦格闘で。 ……武装神姫で。 遊んだ後に、一番楽しいと思い返すのは、何時だってギリギリの極限の瞬間を、だ。 「……なら」 「今が一番、『楽しい』状況……。だね」 「……ん」 そうだ。 まだ、負けた訳じゃない。 形勢は言うまでも無く不利だし、勝ち目は薄いけど。 皆無ではない。 「……一応聞いておくけど、まだ戦えるよね?」 「……当然」 言って、両の副腕を握りなおすアイゼン。 「よし。……ならもう一度だ」 「……ん」 答え、祐一のストラーフは微かに身を落とし、構えなおす。 「頼むぞ、アイゼン!!」 「……指揮は任せた!!」 答え、応え。 アイゼンが飛び出した。 ◆ (なるほど。……コレが本当の目的ですか) 気付いた彼女が密かに笑う。 (本当に、回りくどくて不器用なやり方です) 彼女を支配する感情は紛れも無くそれ。 (ですが、それでこそ私のマスターです) 主と共にあると感じた神姫が得る感情は、歓喜に他ならない。 ◆ アイゼンの突進に、フブキは全力を以って応じた。 左右に大きく腕を広げ、刀と翼を触れ合わせる。 分子機械を翼から刀に大幅に移し、武装を強化。 質量を増した分威力が上がり、重くなった分遅くなった剣速を翼で弾き出す事で補い、更に上乗せする。 「……行きます。―――奥儀『双餓狼』ッ!!」 暴風すら伴いながら、アイゼンを迎撃するのは左右からの同時斬撃。 対するアイゼンは左右のチーグルを刃に合わせる。 しかし、左右は逆に。 眼前で交差した副腕は、その距離を余力とし、圧倒的な一撃を柔らかく受け止める。 もちろん、勢いを完全には殺しきれない。 だが、その一撃がアイゼンに到達するのがほんの一秒ほど遅らせる事には成功した。 しかし、たったの一秒だ。 それはたった一秒敗北を後伸ばしにするだけの行為。 両腕を緩衝材に使い、塞がれてる以上、他に打つ手は無い……。 ……普通の神姫なら。 「けど。私の腕は、四本あるっ!!」 完全にフリーになっている素体の両腕。 それが届くのに必要な時間は一秒。 たったの一秒だった。 そして。 その一秒で充分だった。 装甲衣の襟首を掴んで全力で引き寄せる。 剣の間合いを越えるどころか、拳の間合いの遥かに内側まで。 「……つかまえた!!」 「―――なっ!?」 引き寄せられた顔面に、アイゼンもまた顔面をぶつけ、それを以って打撃とした。 「へ、ヘッドバット!?」 さしものフブキも、予測していなかった攻撃に面食らう。 素体の運動性ではフブキに分があるが、頑強さならストラーフの方が上。 更に、開いた右腕で追撃の拳。 「捕まえての殴り合いなら、ストラーフに敵う神姫は居ない!! 例えフブキでも、だ!!」 如何に破格の性能を誇ろうが、フブキは軽量級神姫だ。 打撃の速度を上げる事で、攻撃の威力を増すことは出来ても、純粋な腕力ではストラーフに及ばない。 足を止めた超至近距離での殴り合いならば、軽量級の神姫は重量級の神姫に絶対に勝てない。 「させません!!」 組合から離脱しなければ敗北すると判ったのだろう。 フブキは狙いを襟元を掴んでいる左腕に絞った。 だが、しかし。アイゼンにも逃すつもりは毛頭無い!! 「捕まえろ、アイゼン!!」 「……ん!!」 巻きつくように背中に回されるチーグル。 構成する分子機械の大部分を刀に委譲してしまった翼に、それを防ぐだけの力は無い。 更に、素体の両腕で抱きしめるように捕縛。 そのまま全力で締め上げる。 「べッ……、ベアバック……!?」 ギリギリと、締め上げられてゆくフレームが音を立てる。 「締め落せ!!」 「……っ!!」 こうなっては、最早脱出は不能。 アイゼンの勝ちが確定したようにも見えた瞬間。 「―――空蝉!!」 腕から掻き消えるような感触と共に、フブキの身体が理不尽な動きで戒めから離脱した。 一瞬で宙に逃れ、後ろに跳び退く忍者型神姫。 「……忍法?」 「装甲衣の分子機械を膨張させて脱ぎ捨てたのですよ。……脱ぎ捨ててしまう為、一度きりしか使えない手段ですが、もう二度と捕まらなければ良いだけの事」 確かに。装甲衣を脱ぎ捨てたフブキには、最早それを再構築し直すだけの分子機械が無い。 装甲衣だけでは不足だったのだろう。刀も翼も装甲衣と纏めて脱ぎ捨てた為、最早素体しか残っていない。 12万もの分子機械群は、フブキの身体を離れて無力化された。 もちろん再掌握する事で復帰は出来るが、1分ほど時間がかかる。 そして、それが戦闘中に不可能であることは明白だった。 ◆ 「……取りあえず、装備は奪えた、と。……これでようやく五分五分、かな?」 「……だね」 全ての武装を失ったフブキには、最早アイゼンに捕まる危険のある近接戦以外の選択肢が無い。 一方でアイゼンも、遠距離戦になってしまえば射撃で命中は見込めないため手詰まり。 故に、双方格闘戦以外の選択はありえない。 武装を全て失ったフブキに対し、アイゼンは未だにチーグルを始めとする機械化四肢を持っているが、素体の性能自体は数段下。 更にフブキの速度に対応する為にアクセラレータでAIに負荷を掛けているので、実際の戦闘時間は後数分。 加えて先ほど負った左眼の損傷を考慮すれば、実際には遥かに不利だ。 しかし、その差は、確実に戦闘開始時よりも狭まっていた。 そして何より。 (ペースを掴まれたのが厄介ですね……) フブキはそう思考し、目の前の相手の戦績を思い出す。 アイゼン。 そう名づけられたストラーフの真価は、実の所、よく言われるような再戦時の勝率ではない。 一言で言ってしまえば、彼女の恐ろしさはペースを掴む事にある。 相手の得意技を無効化し、頼りとする防御や回避を越えて一撃を与えてくる戦闘スタイル。 それがどれほど困惑を生むかは、実際に相対した神姫とオーナーでなければ分らないだろう。 強い神姫には例外なく得意とする戦術、戦法がある。 何も考えず、ただ強い武器を装備するだけでは精々、初心者相手に圧勝できる程度だ。 中級者には打ち破られ、上級者には片手間で粉砕される。 故に、強い神姫とは確固たる戦術、戦法を見出した神姫であり、それに特化し、予測されうる弱点をカバー出来た者こそが強者として名を馳せるのだ。 だから。 それを磨けば磨くほどに、打ち破られた時の衝撃は大きい。 そして、アイゼンはそれをする数少ない神姫だった。 (すでにこちらの武器である素早さと分子機械を破られました) アクセラレータという強引な手段を用いねばならなかったのは、もはやハンディキャップと言っても過言ではない反応速度の遅さゆえにだろう。 だが、経緯は如何あれ既にこちらの動きは概ね見切られている。 最早素早さだけで翻弄することは不可能だろう。 (分子機械もそれごと握り潰すと言う強引な方法で突破されましたし……) 分子機械の暴走を想定した緊急パージコマンド『空蝉』が無ければ、アレでフブキの敗北は確定だった。 フブキとストラーフの埋めようの無い腕力の差。 それを前面に押し出した文句の付けようの無い攻略法。 咄嗟に空蝉で逃れてしまったが、本来空蝉は戦闘用の動作ではない。 仕様として用意されてはいたが、それを勝利する戦術に組み込んでいた訳ではないのだ。 つまり。実を言えば、あのまま破壊されても良かったと思う位見事に、祐一とアイゼンのペアは『フブキ』という神姫を攻略していたのだ。 そして何より。 (切り札を卑怯とも言える手段で返されたのに、プラス要素だけを認識して即座に戦意を取り戻す切り替えの早さ) 神姫にとって最高のパートナーとなる素養を充分に持っているオーナー。 そして、それに応える神姫というペア。 真紀が邂逅を望み、果たせなかった相手。 それが今、目の前に居る。 「ふふふ」 それが。 たまらなく嬉しかった…。 ◆ 「お見事ですね、戦術の堅実さ、思考の柔軟性、装備の選択。……何れを取っても申し分ありません」 「あまり万人向けじゃない気もするけどね」 「……ん」 コクコクと頷くアイゼン。 「無難に、スタンダードな、などと言うコンセプトでは私には勝てませんよ」 射撃も格闘もこなし、回避もガードも選択しうる。 それではフブキと同じコンセプトだ。 その上で、現行の技術には無い分子機械を擁するフブキに一段劣る技術の同コンセプトでは勝てる筈も無い。 「……だから、その選択は正解です。私は分子機械と言うチートで成立した最強の神姫なのですから『万人向け』のコンセプトでは話にならない」 自らをズルであると認めた上でフブキは問う。 「……しかし、貴方がたはその最強を突破しました」 フブキを最強たらしめていた分子機械を打ち破った。 「しかし、その代価は貴方がたにも軽くはないでしょう?」 アイゼンのダメージは大きく、AIにもアクセラレータの負荷が重く圧し掛かっている筈だ。 「一応問いますが、ここで引く気は無いのですね?」 もちろん。 フブキにはその答えが分っていた。 「当然だ。……折角、最強の神姫が相手なんだ。……最後の最後まで楽しませてもらう」 「……ん」 こくりと、頷いてそれを肯定するアイゼン。 「……。……ふふ」 軽く、全身から力を抜くフブキ。 「……いいでしょう。かかってきなさい、悪魔型!!」 「……往く」 こうして、三度目の仕切り直しから。 こんどこそ最後の勝負が始まった。 ◆ 打撃。 打撃。 打撃。 双方、拳を中心に打撃の応酬を繰り広げるが、そのスタイルは別物だった。 牽制打を連続で繰り出し、渾身の一撃を打ち込む隙を作り出そうとするフブキに対し。アイゼンは大振りながらも必殺の一撃を確実に繰り出してゆく豪放なスタイルで応じる。 蹴りはどちらも存在だけ匂わせ、実打は撃たない。 格闘技において、蹴りは威力以上にデメリットが大きい。 振り上げた脚を捕らえられれば、その時点でほぼ敗北は必至。 脱する為に必要な実力差より、蹴りを使わずに相手を倒す方が力量が要らないのだ。 そして、双方にそこまでの実力差は無い。 素体と武装状態とは言え、確かに性能ではフブキが勝る。 だが、しかし。 5年と言う歳月を待機して待っていたフブキと違い、アイゼンには1週と置かずに繰り返してきた戦闘経験がある。 間合いの取り方、外し方。 打撃の使い分け。 そして、打撃以外の投げや掴みと言う選択肢の存在。 この場の誰もが気付かなかったが、それは実の所、武術家と猛獣の戦いだ。 基本性能を武器とする猛獣に対し、技で応じる武術家。 それは、アイゼンとフブキの戦いと同じ傾向を持っていた。 そして、唐突にアイゼンが打撃を変える。 今までの重い一撃から、フェイントも同然の軽い一打。 しかし、予備動作なしで繰り出されたそれは、確かにフブキの身体を捉え、一瞬浮かせる。 そこに。 今度こそ必殺の意思を込めた一撃が打ち込まれた!! 「…!!」 フブキの反応は速い。 撃ち込まれた機械腕の右ストレートに身体を絡み付かせ、そのまま一気に腕を奪いに行く!! ダメージは決して軽くないが、彼女の反応速度は寸での所でその打撃を察知し、身を引いて威力を殺している。 フェイントにかかって居なければ無傷で反撃できただろうが、それでもこの一撃で決めるつもりだったアイゼンの意図は外せた。 ならばこれで詰み。 身体全部を使ってチーグルの右肘に加重をかける。 「……このっ!!」 アイゼンが左拳でわき腹を狙うが、それより早く、フブキの膝がチーグルの肘をへし折った。 「……っ!!」 ダメージに怯んだ一撃ではフブキを吹き飛ばすのが関の山。 致命打には程遠く。 しかし、アイゼンは迷わず追撃を掛ける。 「……行け、アイゼンッ!!」 着地の硬直で避けられないフブキに、アイゼンは片腕を失ったチーグルとザバーカをパージ。 その勢いを加速に利用し渾身の右ストレートを放つ。 「……これで―――」 それが当たる直前。 フブキが消えた。 「―――!?」 知覚が追いつかない。 拳をかわしたフブキが、姿勢を崩したアイゼンに密着するように両手を重ね。 「―――破」 発勁。 横合いから放たれた衝撃に、自分の受けた技を認識する事も出来ず、アイゼンは吹き飛ばされた。 これが決着。 戦闘開始から15分ジャスト。 敗因は、アクセラレータの時間切れだった。 第36話:伏せられた真実?につづく 鋼の心 ~Eisen Herz~へ戻る フブキ付き黒い翼の発売でようやくウチの(実質)ラスボスが日の目を見ました。 これの発売予告以前からフブキ+黒い翼でイメージしていたので嬉しい事、嬉しい事。 本編の方も、書き溜めてあるのでココから先は更新早めでいけると思います。 宜しければ、後もう少しだけお付き合い下さい。 と言いつつポケモンとかモンハンとか鉄の咆哮とか……。 もうすぐルーンファクトリー3出るし、世界樹Ⅲも発表だぁ!! 来年もきっとゲームが楽しい。 ALCでした~。 -
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1639.html
前を見た少女と、煌めく神の姫達(その二) 第四節:真心 楽しかった夕餉も終わり、私達は電車で次の場所へと向かった。そこは、 冬のお台場である。バレンタインには相当早い為か、夜と言ってもさほど カップルの数は多くない。私達の邪魔をされないという意味では、上等! 「とりあえず、観覧車にでも乗るか?街の夜景を見るのも、いいだろう」 「はいっ!あたし達も、こんな所に来るのは初めてですから緊張します」 「……多分それは、マイスターも同じなんだよ?だって頬が、紅いから」 「マイスターも来た事無かったの?大丈夫かしら……でも付いていくわ」 「折角のデートですから、デートコースはマイスターにお任せですの♪」 民放キー局が遠くないこの場所にあるのは、湾岸地区の夜景を楽しむには 最適と、午前中に買い求めた雑誌の記事で書かれていた大観覧車である。 なるほど……目の前にしてみれば、小さな私の躯にはかなり大きい。更に 躯の小さな神姫達ともなれば、天を突く程の巨大な風車なのかもしれん。 「……ふむ、どうだ。これに乗って、今から暫く皆に話をしたいのだが」 「う、うん。良いわよ……アタシには何がどうとか、まだ分からないし」 「きっと東京の夜景が、煌めく無数の宝石みたいに映るはずですの~♪」 「楽しみ、かな。さぁ、マイスター……行こう?邪魔のされない領域に」 「どんな時間が過ごせるのか、楽しみですね……ええと、大人一枚です」 訝しむ受付嬢に“大人一枚”と復唱して、私達はゴンドラへと乗り込む。 デートスポットに一人で来る、こんな外見の私を不審に思うのも当然か。 だが無闇にそれを怒るよりも、今は大切な“妹”達との時間を尊重する! 「ほう……これが、東京の夜景か。どうだ皆、自分達が住まう街の灯は」 「うん、綺麗!凄く綺麗よ……世界がこんなに輝いてるのに、アタシっ」 「それ以上は言いっこ無し。エルナちゃんも、この光景を楽しむんだよ」 「そうですよ。ほらアレ見て下さい!東京タワーですよ、東京タワー!」 「夜空の星はちょっと見辛くても、夜の灯火はまた綺麗ですの~……♪」 その自制が奏功し、皆は輝く夜の街並みに釘付けとなっている。無論私も 東京の美しさを再認識して、荒み気味の“心”が満たされるのを感じる。 陳腐とは思うが、こういう些細な事さえも……今なら大事に思えたのだ。 そして最上部へ差し掛かった辺りで、私は話を切り出してみる事とした。 「……さてと、まずは今日の修理で何をしたか。それを告げねばならん」 「修理、ですか?あたし達は全身のモーターと、電装機器が不調で……」 「とても立ってられなくて、セーフティが起動したんだよ。大丈夫かな」 「有無。それらの交換・修理は無論だが、CSCへの負荷が大きかった」 正直、今告げて良いかは悩んでいた。だが、この後にもっと重大な告白を せねばならん以上は、この程度なら『大事の前の小事』と言えるだろう。 私は、少し不安げに見つめる四人を膝に乗せて“治療”の内容を告げる。 「そこで損耗が軽微な“プロト・クリスタル”の情報を利用したそうだ」 「利用?それって、データの補強に別のCSCを用いたって事ですの?」 「そうだ。現行型CSCの論理ダメージは、そうして修復したらしいぞ」 そして物理的な傷は、Dr.CTaが持つマイクロマシン用の技術で回復した。 その辺をどうやって直したのかは、私には分からぬが……恐らく彼女なら 後顧の憂いがない程度に“傷”を修復してくれた、そう私は信じている。 「そしてエルナ。お前の“CSC”も、同様の方法で修復したと聞いた」 「えッ!?ちょっと、CSCって……アタシにそんなのが入ってたの?」 「有無。当然、現行型CSCではない。もう一つの“プロトタイプ”だ」 「じゃあ……これでエルナちゃんは、正真正銘“神姫”になれたのかな」 「更に言えば、本当の意味であたし達の“妹”にもなりましたね……♪」 それはロッテのCSCが正式に認可される程度に、CSCと酷似した珠。 神姫の試作品が源流ならば、それも必然だったのだろうが……エルナに、 “心”が宿るのを拒む者が居なかったのは、これで確かとなったのだッ! 「やっぱりエルナちゃんは、愛されてましたの。そしてこれからもっ♪」 「う、うん……アタシにも“心”……“真心”が、宿ったのかしら?」 「無論だろう。四人とも、各々の“真心”を得て蘇ったのだ。大丈夫!」 恐らく同じ修理法は何度も使えぬだろう。それだけの“離れ業”なのだ。 だが、Dr.CTaがそうして皆を蘇らせた事は……私達にとって特別な意味を 持つだろう。“魂”が神姫にあるならば、その繋がりがより強固な物へと 進化したという事が、言えるのだからな。私にとっても、誇らしい事だ! 「そっか……じゃあ、アタシもお姉ちゃん達の大切な“妹”になれる?」 「勿論ですの!エルナちゃんは、これからもずっと大切な存在ですの♪」 「ボクらも……アルマお姉ちゃんも、ロッテお姉ちゃんも……なのかな」 「それは、マイスターの“告白”を聞けば分かると思いますよ……うん」 「そうだな。では今こそ、言おうではないか……っと!?ちょっと待て」 そして“様態”の説明が一区切り付いた所で、皆の視線は私へと集まる。 そう、いよいよ告げねばならぬ時が来た……と思ったのだが、見ると外の 風景は、輝く夜景から元居たビルの谷間へと戻ってきていた。そう、今は 観覧車の中……一周してしまえば、降りなければならない。迂闊だった。 「う、うぅむ……時間が来てしまった。場所を変えて、そこで話そうか」 「それがいいですの。ちょっといい雰囲気だったのに、残念ですの……」 「ぅぅ……じゃあ何処に往きますか?あたしは何処でも大丈夫ですけど」 「やっぱり、ロマンチックな場所がいいと思うんだよ。大事な事だから」 「アタシは……胸が熱くなる感じがしてたから、助かるわ。少し怖い位」 ──────私も怖いけど、だけど……とても胸が暖かいよ。 第五節:約束 場所の選定ミスによって、告げるタイミングを逃した私達。だが、ここで 諦めるつもりはない。という訳で、観覧車を後にした私達は海浜公園へと やってきた。潮騒の音が、優しく夜闇を揺らす……そんな静かな場所だ。 だが、どうも仕切直しとなった空気は重苦しい。何から話せばいい……? 「……ところでさ、マイスター。なんでアタシの名は“エルナ”なの?」 「む。いきなりだな、エルナや……そうか、名前の由来が知りたいのか」 「そうみたいなんだよ。ボクは、お店の名前からもらったんだけど……」 「あたしもですね。“ALChemist”から一文字もらってます……あっ!」 そんな雰囲気を撃ち払ったのは、エルナだった。そう、“妹”の名前には しっかりと意味がある。店名から、ドイツ人女性の名を導き出したのだ。 “Alma”と“Lotte”、そして“Clara”に“Erna”。不思議か?だがッ! 「そう。エルナの“r”と“n”は、“m”を分解して捻り出した物だ」 「つまり“錬金術師”の名を冠する大切な神姫、って事になりますの♪」 「アタシも、同じ存在なのね……じゃあ残りの字は、どうするのかしら」 私の考えを聞いて、エルナは嬉しそうに……しかし、少しだけ不安そうに 私を見つめる。彼女の純粋な問いに対する答えは、私の胸にある。それは 少し照れくさい言葉となるが、“告白”の切っ掛けとしては上等だろう。 「まず、“ist”は“Christiane”……クリスティアーネから取った物」 「……なら残りの“h”はどうしますの?それが、気になりますの……」 「そうだな。“Herz”……ドイツ語で、“心”や心臓を意味する単語だ」 『え……?』 そうだ。皆の中心には“心”が……私の“心”がある。今から告げるのは それを確固たる物とする為の、誓いの儀式だ。言葉は、選ばねばならん。 「エルナ。新しく私達の“妹”となる、気高き紫の姫君よ」 「な、何?……マイスター、何でもいいわ。話して……」 「お前を解き放った以上は、終生まで側にいてもらうぞ?」 「これ……首飾り?お姉ちゃん達と、お揃いの……?」 私は、答えを待たずポケットから一つのペンダントを取り出して、彼女に 付けてやった。そう、私の……歩姉さんのペンダントを元に作り上げた、 五人お揃いのペンダント。これがエルナに与える、“約束の翼”である。 何れは此処に神姫バトルの階級章を嵌め込む。そうして完成する逸品だ! 「……クララや、静かなる翠の姫君よ」 「何、かな?マイスター……」 「智恵と、秘められた優しさ。これからも大事にしてほしい」 「……大事に?……それは……」 クララは答えを紡ぎ出そうと俯き何かを思うが、私は更に皆へと告げる。 四人もいるのだ、一々区切るよりは一遍に告げてしまった方が楽だろう? 「アルマよ。陽の如き、明るき紅の姫君」 「は、はいっ!?」 「お前の暖かさと“姉”としての矜持は、皆を支えていくだろうな」 「ぁ……支えるだけじゃ、ダメなんです……その……」 アルマは反論しようとしたが、そこで一端言葉を句切った。そのまま私は 残った一人へと、そして皆へと想いを告げる事とする。血が沸騰しそうな 感覚を堪えて、私は言葉を絞り出す。最早、隠す事は出来ないのだから。 「……そしてロッテ、澄み切った蒼の姫君よ」 「はいですの♪」 「お前は、純粋な“心”で私の……皆の力となった」 「……そう言ってもらえると、光栄ですのっ」 「そして、皆……今だけは、私の『本当の言葉』を伝えたい」 『はい……』 それは、遠い昔に棄ててきた私の“弱さ”。しかし、完全に捨て去る上で 彼女らに、それを伝えないといけなかった……ううん、伝えないとダメ。 私の弱い所も強い所も、全部……何もかも皆に見せないといけないから。 「コホン……皆、とても大切。『好き』とか『愛してる』だけじゃない」 「ま、マイスター……?」 「もっともっと純粋な『大切にしたい』って想いが、私にはあるんだよ」 「……マイスター、その口調……」 「でも、それを一言にしちゃうなら……やっぱりこうなっちゃうかな?」 「ずっと前、お店を立ち上げるより前の……弱かった頃の言葉ですの」 「だから、私は言うよ。アルマ、ロッテ。クララ、エルナ……四人とも」 「う、うん……何?」 そう……これは私が弱さを棄てる前に、歩お姉ちゃんと話していた言葉。 今この時は、この言葉で語りたい……だって、止められない想いだもの。 それはたった一言。陳腐でも、飾らなくてもいい。偽れない大切な言葉。 「“大好き”だよ……皆」 『あ……!?』 その言葉と共に、私は皆の小さな……とても小さな唇と、優しく触れる。 堅い殻の躯だけど、それでも“心”はとても甘く切なくて……暖かいの。 だけど、それを認識したから……私はやっぱり、素直になれないのだな。 「……は、はは。今更生き様は換えられぬが、雰囲気もあるしな?」 「マイスター……」 「だから今だけは、あの言葉で想いを……な、何だクララや?」 そう言い、照れながらも調子を戻した私の掌に乗るのは、クララだった。 彼女は、心なしか潤んだ様に映る“琥珀色の瞳”で、私を見つめている。 「異形を抱えて消えかかったボクを救ってくれたのは、貴女なんだよ」 「……う、うむ。そうだったな」 「その時から、ボクの“心”にはずっと貴女がいたもん」 「クララ……?」 「だから、ボクも言うよ……掛け替えのない大切な人に“大好き”って」 「んむ……ん、ぷは。クララ……むぐぅ!?」 そして私の唇に押しつけ返される、クララの小さな唇。そっと抱きしめる 私の手中で、彼女は身を退き……アルマへと、身を譲った。彼女もまた、 私の唇を奪い……そして、泣きそうな儚い笑顔を浮かべつつ言ったのだ。 「ん、ん……あ、アルマっ?」 「支えるだけじゃダメです。あたしも、皆を愛して……愛されたいから」 「アルマ、お前……」 「だって貴女の“心”が、あたしを暖かくしてくれたから……だから」 「……有り難うな、本当に」 「いいんです、一生お返しするんですから。“大好き”な人に……ね?」 涙が零れる。だが、皆の思いが籠もった“琥珀色の瞳”を見逃すまいと、 私はずっと皆を抱きしめながら、その想いに応えていくのだ。次に、私の 前に現れたのはエルナ。彼女は、頬を真っ赤に染めながら上目で告げた。 「……正直ね?まだ、何もかも信じ切れたわけじゃないの」 「エルナ……それは、そうだろうな」 「だけど、貴女達なら……お姉ちゃん達と貴女なら、信じてみたいわ」 「……そうか」 「“命”と“心”を掛けて救ってくれた皆を、“大好き”って言いたい」 「──────ッ!」 「それが、アタシの“真心”。素直じゃないけど、赦してね?……んっ」 「ん、む……んぅぅ!?」 エルナの告白と共に、私の唇は三度……そして四度塞がれる。最後に私へ “純潔”を捧げたのは……他ならぬロッテだった。彼女は、とても明るく 私に微笑みかけて、そして紅潮する顔をそっと抱きしめてきたのだ……。 「人と神姫では、歩いていける時間が違いますの。永遠は無理です」 「ロ、ッテ……?」 「だけど、全ての時間を“大好き”な人と共に使いたいですの♪」 「あ……ロッテ、皆……ッ!!」 「だって、本当に“大好き”なんですから……貴女の事が」 「……ぐす、みんなぁ……ッ」 「だから万一人間の恋人さんが出来たって、問題ないですの~♪」 「ッ……ばかぁ、っ!」 ロッテの“告白”を受けて、四人が私を見上げる。堪らなく、愛おしい。 私は優しく抱きしめた。小さな殻の躯に詰まっているのは“空”ではなく 純粋で穢れのない“心”。その眩しさで、また私の視界は潤んでしまう。 私は、ずっと……愛しい“妹”達を抱きしめて、歓喜の涙を流していた。 彼女らも、その想いは同じだろう……それがまた嬉しくて、微笑むのだ。 「ぐす……私の“弱さ”を見せたのはお前達だけだ、そして……だなっ」 「今後“弱さ”を見せる事は多分無いだろう……って言いたいのかな?」 「それでも大丈夫ですよ。今の……マイスターの“心”は、皆の中に!」 「ちゃんと刻まれたわ……大丈夫、忘れない。貴女の全てと共に歩むの」 「だから、もう一回だけ。皆で“告白”しますの♪いっせーのーせっ!」 『マイスター……“大好き”ですッ!!!!』 ──────私も、“大好き”だよ……。 ──武装神姫……小さな戦乙女。人と機械の垣根を越えて、そんな君達に 出会えた喜びは、ずっと朽ち果てない宝物だよ……小さな私の“妹”達。 皆で、ずっと一緒に歩んでいこうね。それが、皆の“願い”だから──。 妄想神姫:本編 / Fin. メインメニューへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2205.html
「もうっ!いつまで隠れてんのよ!」 アタシの対戦相手のハウリン、たしか凛っていったっけ?正直、あのコには同情する。起動直後でバトル?ありえない。アタシなら絶対イヤ。 そもそもこのバトルの原因の、アイツが絡んでたあの娘。そりゃあ、原因はあっちかもしれないけど、よそ見して歩いてたアイツも悪いんだし。向こうも謝ってるんだからそれでいいのに、なんでまたこんな面倒な事にするのかしら? いっつもそうなのよ、アイツは!態度ばっかりでかくてイヤになっちゃう。 ……いや、悪いトコばっかりってワケでもないのよ?たまにだけど優しいコトもあるし……あ、今は関係ないわよね。 とにかく、そんなワケであのコには同情してるワケ。でも、それはそれ。バトルになった以上は恨みっこなしという事で、さっさと勝たせてもらうつもりだったんだけど。 初心者ってワリにはなかなかやるのよね、あのコ。攻撃はもらっちゃうし、さっきので決めるつもりだったのに逃げられちゃうし。 いい加減探すのにも飽きてきた時、ようやくあのコの姿を見つけた。 巨大な砲身、蓬莱を手に待ち構えていたみたい。まともに撃ったってどうせ当たらないのに、まだ懲りないみたいね。エネルギーを使いきっちゃうけど、次の一撃で、レインディアバスターで止めよ! 「蓬莱ッ!」 相手の砲撃。そんなの何度も当たるモンじゃない。軽く避けて終わり―― 「きゃっ!」 不意に背中に走る衝撃。たいしたことないけど何?撃たれた?今のは…… 「プチマスィーンズ……!やってくれるじゃない」 小型の半自動支援メカ、プチマスィーンズ。銃器を取り付けられた四機のビットが、いつの間にかアタシの周囲を取り囲んでいる。でもこんなの、モノの数じゃないわ!所詮はムダなあがき…… 「わっ!だからムダだって言ってんでしょ……わっ!きゃっ!」 あ~、うっとおしい!ムダだって言ってんのに、しつこく撃ち続けてくる。一発一発はたいしたコトないけど、耐久力に自信がないアタシとしてはこれ以上撃たれるのはかなりマズイ。 回避の為に一度大きく迂回。するとハウリンが背を向けてどこかへ走りだした。また逃げるつもり?冗談じゃないわ、これ以上の面倒はゴメンよ!早く帰って、今日買った服を着たいんだから! ビットの銃撃をくぐり抜けてハウリンを追い掛ける。どうせスピードなら、圧倒的にアタシのが上。逃げたってムダよ! 建物の隙間を縫って走るハウリンを追い掛け、ちょうど四方をビルに囲まれた空間に飛び込んだその時、アタシはハウリンの姿を見失ってしまった。そんなはずない、確かにこっちに逃げて来たし、すぐ近くにいるはずよ。一旦足を止めて周りを見渡す。と、辺りの柱に取り付けられた妙なモノに気が付いた。どこかで見覚えのあるその『何か』。そしてそれが『何か』を察知すると同時に、レインディアを急発進させる。直後に響く爆音と衝撃、ヤバい。 アタシは逃げ場を求めてレインディアを急加速させる。四方を囲まれてる以上、上に逃げるしかない。爆発に巻き込まれるのもマズイけど、このままじゃ生き埋めになっちゃう。 「くぅっ!」 急加速、急旋回、急上昇。さすがにキツイ。体の芯まで響く派手な爆音、もし気付くのが遅かったらと思うとゾっとする。 今のはヤバかった。取り付けられていた『何か』、蓬莱のマガジンだ。炸裂弾が満載のマガジンを爆弾の代わりにするなんて、こすっからい手使ってくれるわね。初心者でここまでやれたのはたいしたモノだけど、もう頭にきた。ここを脱出したら、すぐに終わりにしてあげる。 崩れていくビルの合間を抜け出ると、目の前には空が広がっていて。バーチャル空間ではあるけど、雲一つない青空が広がっていて。だけどその直後に、アタシの視界は塞がれた。雲一つない空に現れた影。 「はあああああああっ!!」 体に走る衝撃と、砕け散る機体。翼を失ったアタシは、真っ逆さまに落ちていくしかなかった。 目の前にあるのは、雲一つない空、そしてあのハウリン、凛だった。 「ふぅ、これで全部セットしました」 『よし。もう少し経ったら姿を見せるぞ』 「ほ、本当に誘いに乗ってくれますかね?罠だと気付かれたら、打つ手がありませんよ?」 隼人の言う通りの場所に蓬莱の残弾、即席の爆弾を仕掛け終えた私は、何度目かの同じ質問をしていました。だってなんというか、あまりにもこの作戦は…… 『単純でいいんだよ。あのツガル、あんまり気の長いヤツじゃないみたいだからな。あの性格じゃあ、もうこの戦いにも飽きてる頃だ。格下相手だし、多少無理をしてでも決着をつけにくるハズだよ』 「ハズ……?」 『はず』 隼人の作戦はこうです。まず、いくつかの建物に爆弾を仕掛けておく。そして相手の前に姿を見せ、指定の場所まで誘導。タイミングを見計らってそれを起爆。四方で同時に爆発が起これば、必然的に退路は上に限られる。それを私が迎撃。相手がどんなに素早くとも、どこに来るのかわかっていれば命中させられる、という事です。 しかし、この作戦は全て予測に基づいたものに過ぎません。全て仮定で語られている以上、決して成功率の高い作戦ではありません。ですが―― 『俺はお前を、俺の相棒を信じる。だからお前も、俺を信じろ。お前の相棒を。な?』 「隼人……はい、わかりました!」 私は信じました。隼人の作戦を、隼人の言葉を。だってそう、私達はパートナー、相棒なんですから。 そして彼女は、アルさんは見事にこちらの思惑に乗ってくれました。そうなればあとは私の役目。放ったのは『獣牙爆熱拳』。捉えたのは私の持つ、最強の必殺技。その一撃は彼女を機体もろともに打ち砕き、強烈に地表へと叩き付けました。 「がはっ……」 彼女の体は固いアスファルトに放射状の亀裂を刻み付けると、そのまま力を失い横たわりました。もとより機動性重視で、防御や耐久力は低いツガルタイプ。もう立ち上がることは出来ないようです。そして―― 『K.O!Winner,Howling,RIN!』 コンピュータが試合終了のコールを鳴らします。そしてそのコールは同時に、私達、私と隼人の初勝利を告げるものでもありました。 「勝っ……た?私が……?本当に……」 『ぃぃぃいよっしゃあああああああ!!勝ったーーーーーーー!!!』 聴覚センサーが割れる程の歓声をあげる隼人。びっくりしました。ただでさえ信じられないことで驚いているのに、お陰で喜ぶタイミングを失ってしまったじゃないですか。 「わ、わーい」 一応喜びを表現しようとしてみたのですが。なんかもうダメっぽいですね。 『なーんだよ凛!もっと全身で喜びを表現しろって!ほーら、バンザー……おふぁ!?』 「!?」 な、なんですか、今の奇声は? 『うるさい!騒ぎすぎ!凛ちゃんがびっくりしてるでしょー!?』 えーと、この声はたしか、舞、さん?こちらからでは姿が見えないので、あまり外で盛り上がってもらっても困るんですが。 『だからって殴るこたぁねーだろ!?』 『うるさい!うるさいからうるさいって言ったの!』 『なんだと!?お前のがよっぽどうるせぇよ!!』 ああ、なんだか子供みたいなケンカが始まってしまいました。こんな時私はどうしたらいいんでしょう。戦闘中は夢中だったので特に気にしませんでしたが、素の応対にはまだ戸惑いがあるんですから。 「あ、あの、お二人共とにかく落ち着いて……」 『うるさいって言った方がうるさいんだよ!』 『なによそれ!バカなんじゃないの!?』 『バカ!?バカって言ったか、このバカは!?』 『誰がバカよ!?』 ああ、ダメそうです。聞いてません。完全無視です。もう、泣いてもいいですか?私。 「……信じらんない」 喧騒の中、天を仰いでいた彼女が、アルさんが小さく呟きました。 「このアタシが……負けた?アンタみたいな初心者に?」 「……」 信じられない、のは私も同様です。勝利の実感等、未だに沸いて来ないのですから。 「おかしいでしょ?せいぜい笑えばいいわよ」 「いえ、そんな事ありません。私なんかが勝てたのは隼人の、マスターのお陰なんですから」 「あんたのマスター?ソイツだって初バトルだったんでしょ?それとも、それだけアタシが情けないって言いたいワケ?」 「違います!ただ私は……隼人を信じる事が出来たから。隼人が、信じてくれたから」 「……?」 私自身、事態を受け入れきることは出来ていません。ですが、私なりに精一杯、彼女に応えなければなりません。私とのバトルに、全力で挑んでくれた彼女に。 「隼人が言ってくれたんです。俺も信じる、だからお前も信じろって。私は、それに応えたかったんです」 「……ハッ、なによそれ?信じるだの信じろだの……マスターとの信頼ってワケ?会ったばっかのマスターがそんなに好きなワケ?」 自然と顔が綻ぶのが自分でもわかりました。その質問だけは迷わずに、そして心から答える事が出来ます。 「はい!大好きですよ。だから私はがんばれたんです」 「……………よく恥ずかし気もなくそんなコト言えるわね。はぁ、なんかもう、どーでもいいわ」 あれ?もしかして呆れられてますか?彼女、アルさんは溜め息まじりに起き上がると、背中を向けたまま言葉を続けました。 「アンタ、バトルは続けるんでしょーね?」 「もちろんです!もっと強くなって、いろんな方と戦ってみたいんです!」 「……ふん、せいぜいがんばりなさいよ。…………また、ね」 それだけ言い残すと、彼女はさっさとフィールドから離脱してしまいました。『また』、一人の神姫として、そしていずれ戦う相手として、認めてもらえたという事でしょうか。 「はい。ありがとう、ございました!」 私は見えなくなった彼女の背中に一礼。心からの感謝を贈りました。 さて、神姫での決着は着いた。これで解決すべき問題は、あと一つ。 「おい、なんか言う事は?」 俺は半ば放心状態の残った『問題』に声を掛けた。このバトルに至ったそもそもの原因、彼にもそろそろご退場願おう。 「な、なんだよ!どうせこんなのマグレだ!」 「昔の人は言いました。『勝てば官軍』。さ~あ、なんか言うことは?」 「お……覚えてろよ!そのうち絶対リベンジしてやるからな!」 散々使い古された捨て台詞を残すと、騒ぎの元凶は慌てて走り去って行った。結局最後までオヤクソクを大事にするヤツだったな。名前すらわからないままだったのは気の毒だが。 「隼人。そ、その……ありが――」 「ったく、いつまでたっても手間がかかるヤツだな、お前は」 「な、なによ!人がせっかくお礼言ってんのに!」 わざわざ礼を言う必要なんてないのに、そんな改まった態度をとられると調子が狂ってしまう。だから俺はあくまでいつも通りに対応した。舞もいつも通りの憎まれ口を叩けるように。 「あの……」 「へーんだ、お前なんかに感謝されなくたっていいよー」 「なっ、調子にのるな!このバカ隼人!」 「んだと!?この泣き虫舞!」 「……あのー」 「誰が泣き虫よ!?私は泣いてなんかないわよ!」 「ウソつけ。さっきだってめそめそ泣いてたクセに」 「…………くすん」 「「あ」」 不意に聞こえた声に、俺達はようやく我に返る。はぐらかすだけのつもりが、つい白熱し過ぎてしまったようだ。舞と同時に視線を落とすと、そこにはいつの間にか凛が立ち尽くしていた。なかなか気付いてやらなかったせいか、凛は目尻に涙を溜めてすねているようだった。 「よ、よお、凛。お疲れ」 「えと、お、おかえり、凛ちゃん」 慌てて取り繕うが、どうしようもない程白々しい。凛はうるんだままの目で俺達を見上げると、哀しそうに抗議の声をあげる。 「二人とも、今私のこと忘れてませんでしたか?」 「「ま、まさか!」」 「…………ぐすっ」 「じょ、冗談だよ冗談!凛。よくやったな」 今にも泣き出しそうな凛。あやすようにその頭を指先で撫でてやると、恥ずかしいのか少し頬を赤らめながら目を細めた。 「ごめんね、私のせいで無茶させちゃって。ありがとう、凛ちゃん」 「いえ、そんなこ――」 「り、ん、ちゃーーーん!!」 「うわぁ!?」 舞の謝罪に応えようと口を開いた凛に、突然情熱的なタックルが浴びせられた。勢い余ってそのまま数回転した凛は、ようやく自分に抱きついたままの彼女に気が付く。 「あ、あなたは?」 「あたしヒカリ!舞の神姫だよ。それより凛ちゃん強いね!かっこよかったよー!」 「あ、ありがとうございます」 「ね、友達になろ!一緒に遊ぼーよ!あ!あたしともバトルしよ!」 凛のバトルを見て興奮しているのか、ヒカリは凛の肩を揺すりながら一方的に喋り続けている。勢いに呑まれた凛はしどろもどろに言葉を発しているが、完全にされるがままだった。 「こーら、ヒカリ。ちょっと落ち着きなさい」 「よかったな凛。早速友達出来て」 「はい!……あの、ヒカリ、さん?とりあえず離してくれませんか?」 「ヒカリさんじゃないの!ヒカリ!友達なんだからヒカリでいいのー!」 「だ、だからヒカリ!はーなーしーてー!」 すっかり気に入られたらしい。凛もまんざらでもないようで、これならお互いいい友達になれそうだ。二人を見つめていた舞も、俺の顔を覗きこむと嬉しそうに微笑んだ。 「よっぽど嬉しいのね。隼人が神姫買うって言ってから、ずーっと楽しみにしてたもん。近くに持ってる人もいなかったしね」 「ま、凛もなんだかんだで嬉しそうだし、よかったよかった」 「はーやーとー!助けてくださーい!」 「あはは、こんやはかえさないよー!」 やれやれ、なんだか賑やかになったものだ。こんな調子じゃあ、明日からも大変そうだ。 これからどんなオーナーと出会い、どんな神姫と戦うのか。きっと色んなヤツがいるのだろう。その全てが、俺は楽しみで仕方なかった。まだ目指す場所もわからないが、これから起こる全てを乗り越えて行こう。小さな相棒、武装神姫と。 「凛!これからよろしくな!」 「はい、隼人!こちらこそ!」 『武装神姫-PRINCESS BRAVE-』
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/104.html
第5話「白子とご主人様の戦闘準備」 「ご主人様にお願いがあります」 三人でのんびりくつろいでいたとき、白子が妙にかしこまって俺に声をかけた 「ん? なんだ? 改まって」 「実は私…。バトルに、参加してみたいんです!」 「ぎゃにぃい!?」 「し、白ちゃん!?」 まさか、こんな事を言うとは… 「黒ちゃんが毎日うなされてて、私たちにはどうすればいいのか分からない…」 「それは俺だって考えている。でも…」 「そんな、だって…。白ちゃんまで怖い目にあうこと無い!」 あわてて止めようとする俺達二人を白子はかぶりを振って静止する 「一杯、考えたんです。…私も、一度戦場に行ってみたら…何か分かるかも…」 白子が一瞬うつむくが、すぐに凛と顔を上げ 「もう、決めたんです」 その表情を見て、俺も黒子も、白子の説得は不可能だと察した しばし沈黙が流れ、やがて意を決したように 「ボクも、出る!」 「黒ちゃん!?」 「ボクが原因なのに、白ちゃんばっかりにやらせることなんてできない!」 俺は頭痛を感じたが、戦場の恐ろしさに立ち向かうことで黒子のトラウマも軽減されるかもしれない そう思えば、俺に出来ることはたくさんある 「タッグマッチの部門もある。二人ペアで参加するのがいいだろう」 「ご主人様…!」 白子がとがめるような声を出す。過保護な部分がある彼女は黒子を止めるべきだと考えているんだろう しかし、俺はそれを黙殺し、 「それと、二人に、新しい名前をつけてあげよう」 「ご主人様?」 「え? なんで?」 「せっかく試合に出ると決めたんだ。それなのに白子黒子じゃあまりにおざなりだろ?」 「あ、やっぱり自覚あったんですね…」 「じゃあ、ご主人様はボクが試合に出るのに賛成してくれるんだ!」 「ああ、いずれこういう日がくるかもと思って考えていた名前があるんだが、…マリンとアニタってのでどうだ? 白子がマリンで、黒子がアニタだ」 「マリンと、アニタ…ですか」 「いい名前です! 気に入りました!」 「そうか、気に入ってくれたか…。なら、お前達が史上最強の神姫として君臨できるような武装も用意せねばならんな…」 「は?」 「えっと?」 「クククク、待っていろ二人とも、俺が持つすべての技術を結集して究極の装備を開発して見せるぞ! フフフフフ、ハァーッハッハッハッハッ!」 「ご主人様!?」 「き、気を確かにしてください!」 なんか二人が心配していたが、俺は体中にやる気とアイデアが満ち溢れるのを感じていた ―――次の日の夜 「う~、ご主人様遅い…」 いつに無く落ち着きが無い白ちゃん…じゃなかったマリンちゃん 確かにちょっと遅いけど、まだ電車一つ分くらいしか遅れてない 「マリンちゃん…探しにいっちゃだめだよ」 ボクは面白くなって、ちょっと意地悪な声を出しちゃう それにマリンちゃんがぷぅ、と頬を膨らましてちょっと怒ったような声を出そうとした瞬間 バターーン! という、玄関を蹴り開けるような音が響き、 「ただいまぁ!!」 いつもと比べて異様にパワフルなご主人様の声が響く 昨日はひたすら紙にボクたち用武装ユニットの設計図を書きなぐって一晩明かし、 始発が動き始める時間には「早速上司を説得だ!」とか叫んで家を飛び出していったので非常に不安だったけど、一日中ハイテンションは続いたようだ 「マリン! アニタ! 所長を説得して、スポンサー契約を取り付けたぞ! これでうちの研究所が総力を上げてお前たちのバックアップを行う体制になった!」 急な展開に思わず呆れるボク。マリンちゃんは一瞬ふらついたが、すぐに気を取り直してご主人様に噛み付く 「何でいきなりそこまで話が大きくなってるんですか!?」 そんな言葉をご主人様は全く無視してまくし立てる 「二人のための武装も、マリンのは4日後、アニタのも8日でロールアウト予定だ」 完全新規設計の武装ユニットをたった4日で…。でも 「ボクのは後なの?」 「ああ、それだけでなく、マリンのはサード基準、アニタのはセカンド基準の出力になっているから、セカンド昇格まではマリン一人で戦ってもらう」 「ど、どうしてですか?」 「マリンちゃんだけ戦わせるなんて…!?」 「厳しいことだが、これはスポンサー契約の条件の一つだからどうにもならんことだ。ついでに3ヶ月以内にセカンドに昇格できなければスポンサー契約は打ち切られる」 「たったの?」 「一人でやるのに、それは短いよ!」 あまりに無茶な条件にボクは大声を出してしまう 「大丈夫、サードからセカンドに上がった最短レコードは1週間だ。まあ、シングルで、八百長試合の噂が耐えない奴だったが…。それに比べれば競技人口の少ないタッグなら3ヶ月くらいでいける、かもしれない」 「でも一人でなんて!」 「まって、アニタちゃん…。いいの、私やる。ご主人様が出来るって言ってるんだから、それを信じる」 「マリンちゃん…? だって戦うのって危ないんだよ! 怖いんだよ!」 「わかってる。でも、怖いものから逃げちゃ駄目なの。アニタちゃんもそれに立ち向かうって決めたんでしょ?」 「マリンちゃん…」 「大丈夫、サードはヴァーチャルが基本だから、危険は無い、はず」 無責任な事を言うご主人様 「ご主人様…!」 ボクは思わず咎めるような声を出してしまう。でもマリンちゃんはそれを制して 「アニタちゃん、ご主人様を信じられないの?」 「そうじゃないけど…!」 「そうだ、俺を信じろ。俺の何よりも誇れることは、技術力だ。この世の何よりもな」 そう力強く宣言するご主人様。ボクは長らく黙っていたけど 「…はい」 と頷くしかできなかった 「とりあえず、武装データは先行して完成させてきたから、これでヴァーチャルトレーニングできるぞ」 といって、押入れから訓練機を引っ張り出してくるご主人様。そんなの持ってたんですね… 「それと、これもだ。昔、知り合いの研ぎ師に遊び半分で作らせたものだが、本物の業物だ。これも信頼しろ。俺の次にな」 そういって取り出したのは二振りずつのナイフとマチェットだった。鈍く輝き、見るからに鋭そうな… 「これは…?」 「作ったのは俺じゃないが、設計自体は俺がした。製法も素材もこだわってあるから、硬度も切れ味も並じゃないぞ」 「ご主人様…、本当はボク達にバトルさせたかったの?」 「まあ、そういう気持ちも無くは無かったが、バトルにはあまり興味ないといわれて諦めていたよ」 そういって笑ったご主人様。いつも以上に生き生きしているように見えるけど気のせいだと思っておこう 「とりあえず、俺は出来る事をすべてやった。後はお前達に任せるよ」 「はーい!」 「ご期待に沿えるよう努力します!」 誤配送のときには感じなかった、ゆっくりと温まっていく高揚感。戦うのは怖いけど、ご主人様とマリンちゃんが一緒なら大丈夫 そんな気持ちがボクの心の奥底から湧き上がってくる。やっぱり、ボクも武装神姫なんだ… その夜、久しぶりに、ボクは悪夢を見なかった 続く
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2589.html
第3部 「竜の嘶き」 「ドラゴン-3」 2041年10月27日 A飛行場の片隅で天使型のエーベルたちが自分の武装パーツの整備を行なっている。 連日の戦闘で被弾した箇所や老朽化したパーツなどを交換したり修理するなどやることは多い。 エーベルが鼻歌を歌いながら自分の武装パーツを弄る。 エーベル「フンフンフウーーン♪」 シャル「ごきげんだな、どんな具合だ?」 エーベル「エンジンの油漏れがひどくてね、オイルクーラーの方はどうにかなったが、パッキンがなくて苦労しました」 シャル「で、どうしたんだ?」 エーベル「この間撃墜したテンペスタの廃材からかっぱらったんですよ」 リイン「シャルッ!!!」 リインが血相を変えてシャルに詰め寄る。 シャル「私たちのドラッケン戦闘爆撃隊は地上攻撃に専念させるようにマスターに言ったそうですね!!」 シャル「だったらどうした?」 リインが怒鳴る。 リイン「シャルはテンペスタとやるのが怖いんですか!!」 シャル「テンペスタと空戦してもムダだからな」 リイン「戦乙女のアイネスの連中に任せておいていいんですか!!俺の仲間はみんなテンペスタに叩き落されちまった!シャルの仲間もそうでしょう!!なぜですか!?あんたはソレで悔しくないんですか!?」 シャルががっとリインの胸倉を掴む シャル「リイン!!てめえェそれ以上知ったような口を叩いてみろ!!もう二度とキサマとは飛べないようにしてやるぞ!」 リイン「グッ!」 シャルはぱっとリインの胸倉を離すと去っていく。 リイン「へっ・・・チキン野郎め!」 横で聞いていたエーベルが舌打ちをする。 エーベル「おい、リイン!!」 リイン「なんだよ・・・」 エーベル「つまらんことを言うな、ちょっとやりやったぐらいのエース気取りで一人前の口をきくんじゃない」 リイン「俺はそんなつもりじゃ・・・」 エーベルはため息をつく。 エーベル「シャルだって何度もズタボロになりつつも帰ってきている」 リイン「何度も負け戦で臆病風に吹かれたって感じか?」 エーベル「・・・いいか、よく聞けよ小娘、テンペスタと戦うことだけがここの集団バトルロンドの戦闘じゃねえ、地上攻撃や支援攻撃も立派な戦闘だ」 リイン「・・・・」 エーベル「重装甲、重武装の戦闘爆撃機型のドラッケンで軽量高機動のテンペスタに空戦で勝つのは難しい。テンペスタを落としたいお前のガッツは分かるだがな、シャルは爆装した重いドラッケンでテンペスタのウヨウヨ待ち構えている所に味方の支援用の低空攻撃をかけてきているんだ、そしてそれをさらに続けようと言うんだ。上空を他の神姫に、俺やアイネスの連中を信じて任せてな」 リイン「そ、それは・・・」 エーベル「シャルがチキン野郎かどうか、よく考えろよ、その足りない頭でな・・・」 エーベルはそういうと再び自分の武装の整備を無言でもくもくと続ける。 2041年10月28日 天王寺公園神姫センター 第3フィールド森林ステージ 小川にB飛行場に補給を行なう旧式の輸送艦型MMSが数隻、小川を下る。 チーム名「マテハン」 □コルベット艦型MMS「アルバトロス」 Sクラス オーナー名「小野 幸助」♂ 31歳 職業 システムエンジニア □輸送艦型MMS「モントレ」 Cクラス □輸送艦型MMS「フェイサー」Cクラス □輸送艦型MMS「ラヴァトリ」Cクラス □砲台型MMS 「ブレア」Bクラス □砲台型MMS 「ザフィー」Bクラス □火器型MMS 「ノレマ」Bクラス オーナー名「橘田 勝」♂ 40歳 職業 印刷会社総務 シャル「敵チームの輸送船団だ!撃沈するぞ!」 ライラ「生意気にコルベット艦型なんて護衛に引き連れてやがる!」 チーム名「ドラケン戦闘爆撃隊」 □戦闘爆撃機型MMS「シャル」 Sクラス □戦闘爆撃機型MMS「ライラ」 Aクラス □戦闘爆撃機型MMS「セシル」 Aクラス オーナー名「伊藤 和正」♂ 27歳 職業 工場設備関係メーカー営業員 □戦闘爆撃機型MMS「リイン」 Aクラス オーナー名「伊上 直人」♂ 26歳 職業 総合卸商社営業員 シャルたちのドラッケン戦闘爆撃隊がロケット弾を積んで上空から急降下で攻撃を仕掛ける。 アルバトロス「レーダーに感有り、敵機確認!機種はドラッケン戦闘爆撃機4機を認識」 小野「対空戦闘方位3-2-0距離30に備え、このままの戦闘隊形を崩すな、後続の輸送艦隊に発光信号、対空戦闘用意!」 アルバトロスがチカチカと発光信号を発する。 輸送艦型神姫の甲板に上がっている砲台型神姫たちが砲台モードに展開し、迎撃の準備を始める。 橘田「対空戦闘用意っーー各砲台各個射撃はじめ!敵を近寄らせるな!」 ドドドドドドドン!!ズンズズウズン!! 輸送艦型神姫の甲板から砲台型神姫による激しい対空攻撃が行なわれる。 ライラ「おはッ、輸送艦風情がなかなかやるな!」 リイン「シャル!リインだ、殿をやらせてください!」 シャル「・・・」 シャルはリインの顔をじっと見る。 シャル「殿は砲火が集中するぞ!気をつけろ!」 リイン「わかっています!」 シャルはぐんと機首を下げると水面スレスレを飛ぶ、それに続くリイン。 アルバトロス「ドラッケン4機!輸送船団を狙っています!」 小野「いかん!アルバトロス、全速前進!なんとしても守れ」 コルベット艦型MMSがシャルたちの前に躍り出る。 アルバトロス「やらせるかァ!!」 アルバトロスは主砲の2mm単装砲をシャルたちに向かって撃ちまくる。 ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!! ガキンバキンゴキン!!シャルの装甲板に命中し穴だらけになるが、シャルはひるまない。 シャル「こなくそ!これでも喰らえ!!」 シャルはグレネードキャノンを展開すると、アルバトロス目掛けて連続で撃ち込む。 ドゴオオオンドッゴオオンンッ!! アルバトロス「うぐおおおおお!!?」 アルバトロスの砲塔に命中し爆発が起きる。 ズンズンズウズズウウウウウン!! シャル「リイン!!ついて来ているか!?」 リイン「はい!!」 シャル「俺はさっきのコルベットの攻撃で満足に動けない!輸送船団をライラたちと一緒に血祭りにあげろ!」 リイン「了解!」 アルバトロス「ごほごほ、主砲塔のモーターが潰れました砲撃不能・・・消火装置作動、火災鎮火、SAM発射します」 アルバトロスは垂直ミサイルを連続で発射する。 ライラ「警告!ミサイルミサイル!」 ミサイルが山なりの弾道を描いてリインたちに襲いかかる。 リインはすかさずチャフフレアを放出する。 リイン「FUCK!」 バッババッバババン!! チャフフレアの欺瞞によってミサイルはあらぬ方向に命中する。 ズンズウウウン アルバトロス「ミサイル全弾はずれ!小口径砲による射撃を行ないます」 アルバトロスは格納式の機関銃座を展開し、リインたちに集中砲火を浴びせる。 ドドドドドドドド!! ライラ「てめえはしつこいんだよ!!」 ライラが機関砲をアルバトロスに向けて撃ちまくる。 ドガドガドガドガ!! アルバトロス「うわあああ!!ま、マスタァーーー!!」 体中を大口径の機関砲で撃ち抜かれ、弾薬庫に引火したアルバトロスは派手な水蒸気爆発を起こして轟沈する。 □コルベット艦型MMS「アルバトロス」 Sクラス 撃破 モントレ「ご、護衛のコルベットが!」 ライラ「邪魔なコルベットは沈めたぜ!」 リイン「よし!今だ!!ロケットランチャー全弾撃ちつくせ!」 バシュバシュバシュシュシュ!! ブレア「うわああ!」 ザフィー「に、逃げろ!」 ノレマ「NOOOO!」 橘田「か、回避全速!!」 モントレ「ま、間に合いませ・・・」 フェイサー「うわあああああああ!!」 ズドドドドオオンッ!!! 物凄い爆音と水柱を立てて、一気に3隻の輸送艦型神姫が木っ端微塵になってバラバラに吹き飛ばされ轟沈する。 □輸送艦型MMS「モントレ」 Cクラス 撃破 □輸送艦型MMS「フェイサー」Cクラス 撃破 □輸送艦型MMS「ラヴァトリ」Cクラス 撃破 □砲台型MMS 「ブレア」Bクラス 撃破 □砲台型MMS 「ザフィー」Bクラス 撃破 □火器型MMS 「ノレマ」Bクラス 撃破 ライラ「イーーーヤッハ!!」 セシル「まるでイワシ缶だぜェ」 リイン「やりましたね!シャル」 シャル「今日は久々に大量だな」 シャルたちは、勝ち誇ったように上空を旋回し、エンジン音を轟かせる。 リインがシャルのすぐそばを通る。 リイン「シャル、昨日はその・・・すまなかった・・・臆病者なんていってしまって」 シャル「本当に臆病ならリアルバトルの武装神姫なんかやらねーよ、ケガしないバーチャルのロンドやってるぜ」 リイン「それもそうだな・・・」 ライラ「そーいえば今日はいつものテンペスタの連中いねえな」 セシル「あいつらはマスターが女子高校生だからな、今週はテストの前だから大人しいんだよ」 ライラ「なるほど」 セシル「ということは、テストが終わった日が危険ということか・・・」 To be continued・・・・・・・・ 次に進む>「ドラゴン-4」 前に戻る>「ドラゴン-2」 トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/773.html
第六幕。上幕。 ・・・。 2035年12月31日。千葉峡国神姫研究所。 大晦日の夜も既に更け、除夜の鐘が遠く響こうとする時刻。既に所員たちのほとんどは帰途につき、その研究所も一年を終えようとしていた。 常夜灯以外の電源が落とされた研究所。しかしそんな沈黙が支配する中で、今尚、所長室には明かりが灯っていた。 小幡 紗枝は、彼女の体躯にしてみれば十分に大き目の事務机の前に座り、その目の前に置かれてあるクリアーカバーで蓋をしたケースに静かに視線を向けていた。 幾度と無く、それに手を触れ・・・しかしやがて離し、大きな溜息と共に椅子に深々と座りなおす。 こんな事を、彼女は一週間も続けていた。 その器の中には目を閉じて眠っているような一体の神姫。違う・・・眠っているのではない。そのCSCは二度と起動する事は無く、その瞳は二度と開かれる事は無いのだから・・・。 そう、『死んで』いるのだ。彼女は。 「ゼリス」 小幡は呼びかけると、その年齢相応の皺が刻まれた顔を両手で覆った。 「・・・」 エゴだろうか。 これまで数十体という神姫のボディを、『失敗作』という名目でCSCを埋め込まず、起動さえさせずに分解してきた自分が。 最早『死した』神姫を、かつての自分のパートナーであるという理由だけで・・・それを分解する事を躊躇うとは。生前の彼女がそれを願っていたというのに。いや、だからこそか。何故、彼女がそんな事を、こんなに辛い事を自分に託したのか。それが理解できないまま。 これほどに。自分は未熟であったのか? ゼリスが遺したZFというファイル。そこには、確かに彼女からのメッセージが込められていた。『自分のボディを分解してほしい』と。『娘たちに、それを受け継いで欲しい』と。 だが、果たしてそれを、簡単に受け入れる事が出来るだろうか? 貴女の『心』を、最後まで・・・私は見る事が出来なかったの? 目をやれば、変わらず。口元に静かな笑みさえ湛えて彼女は永眠についている。美しい翠の髪も。草色のスーツラインも何も変わらない。その合成樹脂によって作られた体を横たえ、昏々と眠り続けている。 この姿を、この姿を失えと? この姿を、私自身に壊せと? そう言うのですか? そんな事を託すなんて。 いや、かつて、我武者羅に研究に打ち込んでいた自分ならば可能だろう。だけど。今、ここにいるのは。 (貴女のパートナーなのですよ?) 幾度目かの溜息。出来ようか。そのようなことが。 そもそもは、探していたのだ。 彼女たち、神姫という人工の存在が。それでも時折見せる『心』の場所。CSCと呼ばれる多大なブラックボックスを内包した超集積プログラミングシステム。それは、口調や性格のパターンを複雑化し、限界まで叩き込んだ人工AIの一種。 組み合わせさえ選べば、性格、精神年齢さえ自在に変える事が出来る、その技術の結晶たるCSC。だが、時として人が作り上げたプログラムが介入できないレベルにまで神姫は・・・この世に現れてからずっと、明らかな不確定要素的な因子を示していた。 それを、小幡はあえて『心』と呼び、解明を行おうとしていた。 やがて。 言語、通訳。朗読や踊り、歌など。『芸術・文化的要素』を強化した神姫シリーズが発足するにあたり、その一つのタイプ・・・通訳等での活躍が期待される言語・発声能力特化型神姫のプロトタイプを峡国研究所が製作し、小幡自身がそのテスターとして『彼女』を受け取る流れになった。 それまで個人では神姫を迎えた事の無かった小幡にとっての、言うなれば、長く『彼女達』と付き合ってきたにも関わらず、『初めての神姫』。 ようやく完成したタイプナンバーはCRZR-C003。プロトタイプ・・・MMSネームを『クラリネット』と名付けられ、小幡の手に渡った。 心の究明の手伝いにもなるだろうと、軽い気持ちでそれを引き受けると。彼女はCSCを生まれて初めて、自分の手でボディにセットした。 そして。その銀の眼を、ゆっくりと開けた神姫が最初に行った行動は。 CSCに基本として導入されているはずのマスター初期確認でもなく、ネーミングのセッティングでもなく。また、自身のコードナンバーを読み上げる事でもなく。 微笑みを・・・優しく浮かべる事だった。 『はじめまして、マスター』 美しい声でそう言って。 小幡の中で、それまで積み上げてきた全てが崩壊していくと同時に。何かが大量に流れ込んできて。意味も解らず、突如としてぽろぽろと涙を流しはじめた彼女を、慌てて『ゼリス』は宥めていた。 (・・・それまで。私は常に無機質な世界を見つめていた) 数式とデータによって支配され、怒濤の様に流れていく歴史に取り残されまいと。虚ろな瞳で急くように走り抜けていた。 それがこの世界の法であると信じて。 だが、彼女と出会い。彼女と暮らす事で。時間という風が緩やかになっていく。 相も変わらず忙しい日々。神姫のパーツ開発、また、武装神姫プロジェクトの発足によるテスト武装の試験。 それでも。その風は緩やかに吹いていた。 『風に、憧れます』 そう言った彼女に、風になりたいのかと聞いた事がある。 『いいえ? 風になりたいのではなく。風に憧れるのです』 謎々のような事を言って。ゼリスは笑った。 少し不思議な感覚を有している彼女は、しかし研究所の皆からも愛されていた。 やがて。 第一期武装神姫の武装テスト中、彼女のCSCリンクシステムに異変が発見された。 記憶の消失。どうしようもない欠陥の発覚。 泣きながらも真実を伝える私に。彼女は微笑みかけたのだ。 『・・・とても、とても嬉しいです』 何故? どうしてかと問う私に。 『だって。これだけの想いを、私は受けているのでしょう?』 そう言って、ようやく彼女は静かに泣いた。 想いを『受けている』? 私は、その感覚を理解する事は出来ず、戸惑いと悲しみに打ちひしがれるだけだった。 ・・・。 ふと、涙の温かさを感じ。小幡は顔を上げた。 涙。 そうだ。いつから、私は涙を流せるようになったのだろうか? ただ、灰色で。無機質な日々でしかなかった。彼女に会うまでの、それまでの生きてきた長い日々。 その世界を。風が吹きぬけるように・・・色取り取りの美しい世界にしてくれたのは。他ならぬゼリスだった。 ほんの少しの、ちょっとした事で心が揺れる事を知り、喜ぶ事を覚えたのも。 海を眺め、空を見上げ、移り変わる世界に思いを馳せながら、夢を描く事を知ったのも。 頬を濡らす涙を流す事を教えてくれたのも。 全ては・・・彼女と共に、歩み始めてからではなかったか。 『・・・マスターは』 ふっと、思い出したようにゼリスは銀色の瞳で私を見つめた。 『とても人らしいヒト、ですね』 いつものように謎々のような事を言う彼女。 私は最初から人ですよ? と困ったように問い返した私に。 『えぇ、けど。最近とってもヒトらしいなって、思うんです』 そう言って、イタズラっぽく。彼女は笑った。 「そうですね・・・」 ゼリスと出会い。 「私の方・・・だったのですよね」 『神姫』である彼女に照らされるように、それまで何事にも急き走り続ける事しか出来なかった私が。 「貴女と出会う事で」 ・・・共に生きる事で。 「心と、心が触れ合う事を知りました・・・」 涙がケースに滴り落ちる。 「『心』を生む事が出来たのは、私の方でした」 人である私が。神姫であるゼリスから。 人としての心を貰って。 『人になれた』のだ。 ・・・。 小幡はコンピュータのモニタートップの『ZF』と名付けられたファイルを見つめていた。 ゼリスの言葉。ゼリスの声。ゼリスの姿。全て、そこには宿っている。 そして。遺志さえも。このちっぽけなプログラムの中に。 小さくても。そこには確かに翠色の風が、宿っている。 ・・・。 「翠?」 ふっと。 小幡は、目の前で眠り続けるゼリスの髪に目をやった。美しい髪色は、全く変わることなく艶やかに流れ、その肌は今も生前の美しさを保っている。 「・・・」 瞳が揺れた。 彼女は、ようやく。 その、長きに渡る研究と。自分が抱いてきた謎の解を知った。 (『違う』) 人ならば既に、色も何もかも変わっているだろう。 その身は荼毘に伏され、美しい姿を残す事も無く、今は写真を眺めるくらいしか出来ないだろう。 彼女達は人ではない。神姫だ。それは解っていた。それは理解していた。 だが、いつから? いつから勘違いをしていたのか? その体は人工の物。作り出された美しい樹脂の結晶。 そして・・・その『心』もまた、『人間に似せられて人工的に作られている』と。そう信じてしまっていた。それは間違ってはいない。CSC、ヘッドコア、ボディユニット。 全ては人が生み出し、人が作り上げた存在である。 だが・・・だが、それでも? それでも、彼女たちの心を人が作ったと言えるのか!? 「違う・・・」 今度は口をついて出た、その言葉。 神姫は。 『神姫の心を有している』。 『心』を解明しようと。その心が生まれる瞬間を知ろうと。彼女を迎えた時には。 『神姫の心』を、『ヒトの心のミニチュア』としか考えず。彼女はいつしか・・・ただ、その既に出ていると思った結論を受け入れようとして、それをただ科学的に証明しようとしていただけだったのだ。 人の心を元に。神姫の心があると信じていた。 「そうではない・・・そうですね?」 答えぬパートナーに、小さく笑いかける。何と愚かなマスターだろう。そのような事は、貴女がずっと。ずっと伝えてくれていたのに。 『神姫には。神姫としての。ツクリモノではない。確かな心がある』。 小幡は後悔の涙を流した。 「許してください・・・ゼリス」 私はずっと、『人の心』の尺で全く違う存在を計ろうとしていたのだ。どれほど、心の解釈を彼女に押し付けただろう。 「貴女は・・・全てを知っていたのでしょうね」 ゼリスは、それらを神姫の心で受け止め、そして。それこそ命尽きるまで答えてくれていたのだ。 だとすれば。 「・・・」 彼女の遺志。それもまた・・・人の心では計れぬ行為なのか? 「貴女は・・・『神姫』として、何をしようとしているのですか?」 問いかけ、その心に想いを馳せる・・・。 その遺志は、彼女の・・・『自分を残す事』。 小幡の動きが止まった。浮かべていた哀しい笑みが震えるように崩れ、目が見開き、驚愕の面持ちに変わっていく。 「まさか・・・」 それは。神姫である彼女であればこその。 『継承的行為』。 「あ・・・あぁっ・・・?」 小幡はケースを、震える、その少し節くれだった手で抱き上げた。少し揺れ、中のボディがカタリと壁にぶつかった。 「・・・貴女は・・・!」 眠り続けるパートナーは静かな微笑を湛えている。 人は死して名を残すという。子を残し、身体は自然に帰し、いつしか大地に戻る事が出来る。 ・・・神姫は。作られた体の神姫は。その身体を残す事しか出来ない。その美しい、姿だけは残さんとする。 愛してくれた主の為に、大切にしてくれたマスターの為に。彼女達はたくさんの思い出が詰まった身体を残すだろう。 「・・・そう」 『身体しか残せない』のだ。 彼女達はそれ以外に、それこそ何も抱かずに生まれてくるのだから。母も父も、子も無く。ただ、生まれてくるのだ。 自分が自分であったという証拠。それさえも。貴女は。後の神姫に、渡してくれと。 『そんなに驚いた顔をしないでください。ずっと前から決めていました』 ・・・。 その決断を下して。どれほどの恐怖と戦いましたか? 死した後、自分の身体が切り刻まれる事への恐ろしさは、人の比ではなかったでしょう。 どれほどの哀しみを抱きましたか? 自分が『いなくなる』という事を思い、その小さな身体で、絶たれる未来に・・・どれほどの哀しみを宿したのですか。 どれほどの涙を・・・私達に見せないように流したのですか? それは神姫にとって、『全てを失う』に等しい行為なのに。ただ。『母』として。姿も知らぬ『娘達』に心を込めた身体を贈る事を。 『身体を失っても。マスターや皆さんと一緒に、『心』があります』 ・・・。 小幡は、止め処なく零れ落ちる涙の中。確かにその声を聞いた。 信じていたのだ。科学的に何も実証されず。人間でさえ信じようとする者が少ない、その、掛け替えの無い物。 『心』。 それは。彼女が。 恐らくは世界で始めて、自らの意思で『死す事を選んだ』神姫である彼女が。 誰よりも優しく、妹たちを、娘たちを見つめていた彼女が。 子を為す事も出来ず、自身の未来さえ絶たれた一体の神姫が。辿り着き、望んだ、最後の結論。 彼女に許された唯一の・・・『未来を紡ぐ方法』だったのだ。 ゆっくりと小幡はケースを手に立ち上がった。 「ありがとう・・・」 貴女を作ったのは私。 私の心を生んでくれたのは・・・貴女でした。 返さなくてはならない。この恩を。 私を人にしてくれた貴女へ・・・身を裂かれる様な思いに貫かれても。『人の心』が、苦しいと悲鳴を上げても。 貴女への恩に報いましょう。 未来を、紡ぎましょう。 なおも重い足を、それでも作業場に向ける。 少し疲れたような微笑を浮かべ、ケースを開けて。翠の髪を指先で軽く梳かす。 「受け継ぎましょう・・・」 貴女の、遺志を。 『人としての心』を持つ私が。貴女の『神姫としての心』を・・・受け継ぎます。 母として。友として。 そして・・・『娘』として。 ・・・。 夜が白々と明け始める頃。作業は終了した。銀色の小さなケースを載せた台車を押して、小幡は酷い表情で再び所長室に戻ってきた。 長く息をつき首を振る。想像通り、それは凄まじい精神的苦痛を伴った。心が砕かれるような思いの中。それでも彼女は・・・全てをやり遂げた。 CSCの神経リンクとの硬着。今の規格とは違いすぎる・・・完全な旧式化で使えないパーツ。最早、ほとんどの部分が利用できないと覚悟していたが。それでも少しながら、利用可能な部位を取り外す事が出来た。 銀色の、小さなケースを机に並べていく。 数は僅かに5つだけ。 どんな神姫がこれを受け継ぐのだろう? そんな事を思い、ふっと、小幡は苦笑する。 こんな旧式のパーツ、きっと『いらない』と笑われるだろう。普通に考えれば。 だから、これを受け継ごうとする、受け継ぐ神姫は・・・貴女に似て、少し、変わっているのでしょうね? ゼリス。 まだ姿さえ知らぬ・・・彼女たち、『ゼリスの娘たち』は。 一つ目のケースには『喉』。 それはクラリネットタイプの特徴の一つ。声帯を内包した部位。様々な言語を使いこなす・・・透き通るようなあの、声量豊かな声。 この喉を受け継ぐ神姫は・・・その美しい声を響かせ、それに乗せて『心を伝える』事になるだろう。 二つ目のケースには『脚』が一対。 少し古い感じのするデザイン。ゼリスのスーツカラーがそのまま残る場所だ。堅めの足裏でカタコトと、小気味良い足音が今はもう懐かしい。 この脚を受け継ぐ神姫は。どれほどの困難があろうとも。強い意志で『心と共に歩む』だろう。 三つ目のケースには『手』・・・。 高質樹脂ではない。少し表面がざらついているのが特徴の合成樹脂。どことなく、彼女らしい素朴な感じのする小さな手。 受け継ぐ神姫は、全てを優しく抱きしめて来た手で、『心を包む込む』事だろう。 四つ目のケースには『眼』が入っている。 光を宿す銀色の瞳・・・相手の目を見つめて話す事を心がけていた、彼女の柔らかな、表情豊かな視線を宿した部位。 受け継ぐ神姫は、目を逸らしたくなる過去さえも乗り越え・・・真っ直ぐに『心を見つめる』神姫だろう。 そして・・・。 最後の一つのケースを机に置く。それだけは少し小さ目なケース。そして他の物よりも、遥かに丁重に扱われるように、多重のケースに入れられている。 (・・・。・・・) 何故、この部位が全く損傷無く取り外せたのか。CSCが活動を停止した今。それが取り外せたのは奇跡に近い。 小幡は明るくなりつつある空に目をやり、窓を開けた。 風が吹き込む。 貴女は私の娘。 そして、私は貴女の娘・・・。 上りつつある陽に目を細めながら、小幡はゆっくりと言葉を紡ぐ。 「全ての妹たち・・・」 陽光は輝き、闇の空を開けていく。 「・・・全ての娘たちよ」 肩に、確かに彼女を感じる。いつものように穏やかな表情で、その美しい声を響かせて。 冷たい風が髪を遊び、カーテンを軽く吹き上げる。 翠の髪、銀の瞳。パールと草色のスーツを身に纏った、美しい神姫がいた。 プロトタイプ=クラリネット。名をゼリスという。 流れ往く時間の中で。彼女の名はいつしか忘れられ、歴史に埋もれていくだろう。 (消えはしない) 彼女は言ったのだ。『心』がありますと。 世界で始めて、母となる事を選択した神姫。 (消せはしない・・・) 声が重なっていく。 「貴女たちを、愛しています。これまでも、ずっと。これからも・・・」 自分の声と、他ならぬ、優しい『母』の声。 「そして・・・」 重なり、やがて。 あの、懐かしい声が響いた。 『想いと共に。未来を紡ぎなさい』 西暦2036年。1月1日元旦。 全てが忙しなく流れ往き、歴史の波濤が全てを覆い尽くす時代。 そんな中でも時として。 草色の風が舞い、緩やかな『想い』が彼女達の髪を梳き・・・流れる事があった。 第六幕。下幕。 第六間幕
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1544.html
バトルも終わり、記四季は彩女と共に席を立った。 「しかしあの狙撃手、恐ろしいほどの腕前でしたね」 「だぁな。俺もまさか、動けなくなるほどに正確とは思ってなかった」 来たときと同じように、着物の肩に彩女を乗せその場を去ろうとする記四季。しかし記四季のその行動は、女の声で遮られた。 「・・・・おじいちゃん?」 記四季が振り返った先にいたのは、サラを肩に乗せた春奈だった。 「・・・おぉぅ。春奈じゃねぇか。元気してたか」 突然の孫娘の登場で、記四季はばつが悪そうに頭をかく。 無理も無い。武装神姫はかなり市民権を得、一般にも普及し始めてはいるがまだかなりコアな部類に入る趣味だ。彼の周りには女性ユーザーが多いが、やはり男性ユーザーの方が圧倒的に数は多い。 見つかった相手が孫娘、ましてや記四季は老人である。何だかいわれの無い誤解を受けそうな空気だ。 「・・・・あー・・・つまりだな・・・・こいつはよ・・・ほら、アレだ・・・」 ボケ予防に買ったとか嘘をつくか? だが本当は妻が死んだとき、春奈の姉の都が寂しかろうといきなり送りつけてきたと言うのも別にいいかもしれない。 ・・・いや、そもそも自分は何故こんなにも混乱しているのか? 別にやましい理由が無いならば、真実を話しても構わないのではないか? しかしそれを言うのは都に悪い気がするし、なにより自分のプライドがそれを許さない。 ・・・どうしたものか、と記四季の脳が全力で回転していると 「お初にお目にかかります。記四季の神姫をしております。彩女と申します。春奈お嬢様のお噂はかねがね」 空気読んでない犬が、深々と座礼をしやがったのだ。 ホワイトファング・ハウリングソウル 第三話 『爺の心労』 「・・・つまり彩女ちゃんは、お姉ちゃんからのプレゼントって訳なんだ」 「・・・・応」 彩女が春奈に挨拶した後、なし崩し的にティールームに連れ込まれ(彩女の発案)店内で一番奥の席に座り(記四季、最後の抵抗)麦茶を注文したところで記四季は春奈に彩女の事を話していた。 「となると・・・まさかビルを袈裟切りしたのは・・・」 「はい、私で御座います」 神姫は神姫で話が盛り上がっているようだ。ようなのだが人間側が全く盛り上がってない。 別に春奈は普通にしている・・・というか記四季が“自分が神姫を持っている”事を気にしすぎて、春奈はどうすればいいのか対応に困っている。 彼の考え方は妙に古いところがあり、恐らくは女子どもが持つべき人形を男の、しかも老人の自分が持っていることを孫娘に知られたのがショックなのだろう。 ボケ予防に神姫を買う老人もいることだし・・・別に気にすることは無いと思うのだが。 「・・・そ、そうだ。彩女ちゃんってハウリンタイプだよね。なのになんで髪が白いの? 耳も生えてるし」 「・・・・・・なんでも、都が知り合いのカスタムメイカーから貰ってきたらしい」 「ふ、普段から甲冑着てるの?」 「・・・・家に送られてきたときは十二単を着ていた」 「お、おじいちゃんは、最近どう? 私はテストで赤点ぎりぎりだったよ」 「・・・・昨日イノシシ鍋食べた。・・・・・解体に手間取ったよ」 「・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・」 会話が続かない。 春奈は今、非常に困っていた。 その様子を少し楽しそうにテーブルから見ているサラは本物のサドだろう。八谷以外でこんなに困っている春奈を見るのは初めてだ。 彩女はというと暢気に茶をすすっている。あんな山奥で暮らしていると人付き合いが無いため、春奈には悪いがちょうどいい機会であると助け船を出さないつもりだ。 「・・・あ、あのさ・・・えぇと・・・そ、そういえばお姉ちゃんも神姫を持ってるんだよ。悪魔型と犬型の姉妹でね・・・」 「クロとハチ公か。知ってるよ」 「う、うん、それでこの間その二人がね・・・」 「・・・アヤメ、キシキはハルナが苦手なのですか?」 「違います。多分、お嬢様に私の存在がばれたのが問題なのでしょう。ほら、私達はマニアックな存在ではないですか。多分引かれるとでも思っているのでしょう」 「なるほど、まぁその心配は無用ですが。・・・しかし大した狼狽ぶりですね。ハルナもさることながら、キシキも無言で狼狽すると言う芸を披露するとは。いやはや七瀬一族、中々に奥が深い」 「・・・まぁ主も山に引き篭もってばかりではいけませんからね。たまにはこうして街に下りるようにしているのです」 「山に引き篭もる・・・随分アウトドアなヒッキーですね」 「事実その様なものです。あの竹が生い茂り、緑しかない景色の中では、あまり外にいると言う感覚がしません」 「ほほぅ、竹林ですか。少し見てみたいですね」 「それでしたら春奈お嬢様と是非お越しください。文字通り何も無い場所ですが、持てる限りの持て成しをさせて頂きますので」 「それはありがたい。ではそのうちにお邪魔させていただきます」 神姫は神姫で暢気なものである。 「それじゃ、またね。おじいちゃん」 「・・・・・・・・・・応。お前も元気してろな」 ティールームで一時間ほど話した後、春奈と別れ記四季は帰路についた。 行きは手に持っていた杖を、今は突いている。・・・背筋は真っ直ぐではあるが。 「今日はお疲れ様で御座いました」 「・・・全くだ」 彩女が微笑みながら言うと記四季は溜息をつきながら答える。 自分がいなければ主はここまで疲れなかっただろうと、彩女は思ったが気にしないことにした。 何分刺激の少ない山暮らしだ。たまにはこういうのも悪くは無いだろう。 「こんなことならムラサキんとこ行っとけばよかった・・・そうすりゃ心構えも出来たってのによ・・・」 「主、彼女は『アメティスタ』です。・・・確かに彼女の“能力”には目を見張るものがありますが。それにばかり頼っていてはいけませんぞ?」 記四季と彩女が暮らす山の入り口にある北白蛇神社。そこにいる『アメティスタ』は予言ができると言う。確かに彼女は他の神姫とは違い、どこか神秘的な美しさを備えていはいるが・・・彩女にとってはただの友人だ。 ちなみに、アメティスタが予言が出来ることは秘密にされている。彼女のマスターが騒ぎを嫌う性格だからだ。そのためアメティスタは自身の姿を見せないように、パソコンで予言したことを書いて印刷している。その精度はなかなかで好評なのだが、予言できる内容が日常に関すること(どこぞのスーパーがセールをするとか。明日は雨が降るとか)ばかりなので地域密着型の預言者とも言えるかもしれない。 「ならば明日こそはアメティスタに会いに行きましょう。ここ最近彼女と話していませんしね」 「・・・俺ぁむしろ神主の方に用事があるんだがな。まぁいいさ、明日行こう。今日はもう帰るぞ。このままじゃ帰る頃には真っ暗だ」 「御意。最近不逞の輩が増えたそうですし、騒動は避けたいですな」 「タバコ屋のタミさんとこだったか? この間空き巣が入ったのは」 「ですね。まぁいつも居眠りしていらしたようですし。空き巣も何も取らずに帰ったそうですが」 二人は話しながら、逢魔ヶ時の街を歩いていった。 ・・・・二人が家に着いたのは日が落ちてからの事である。 前・・・次
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2169.html
ウサギのナミダ ACT 1-30 □ ティアと共に、歩き慣れたこの道を歩くのは、実は初めてだと気がついた。 はじめの時はティアの電源は切っていた。 その後の時には、ティアは一人アパートに残って自主練していた。 「まあ、それでお前が家出したのは、苦い思い出だが……」 「言わないでくださいっ」 ティアは俺の胸ポケットに顔を埋めて恐縮する。 俺は苦笑しながら、ゆっくりと歩いていく。 手には、いつものようにドーナッツの箱。 今日は海藤の家に向かっている。 ゲームセンターに出入りできなくなった俺は、いい機会だととらえることにして、お世話になったところに挨拶まわりに行くことにした。 海藤の家に来るのは、前回からそれほど経っていなかったが、随分前のような気がする。 その短い間に、あまりにも多くのことがあり過ぎたのだ。 だが、そのおかげで、こうしてティアと共に海藤を訪問できる。 嬉しいことだった。 「やあ、よく来たね。入って入って」 海藤はいつものように、俺たちを歓迎してくれた。 「いらっしゃいませ」 そう言うアクアの涼やかな声も変わらない。 俺が二人の様子に思わず笑みを浮かべると、二人とも満面の笑顔を返してくれた。 海藤はコーヒーを淹れながら、旬の話題を口にする。 「バトロンダイジェストは見たよ。随分白熱した戦いだったみたいじゃないか」 相変わらず、海藤はバトルロンドの情報収集に余念がない。 テーブルの上に、くだんの最新号が置いてある。 表紙を見るたび、面映ゆい気持ちになる。 「その表紙は勘弁してほしかったんだがな……」 「いいじゃないか。その表紙、結構インパクトあったみたいだよ。 ネットでも評判を調べたけど、かなりの反響だ。 記事の内容については……特に神姫との絆についての言及は、おおむね好評みたいだね。 思うところがあるオーナーはたくさんいるみたいで、神姫との絆について、あっちこっちで議論になってる」 「へえ……」 それは知らなかった。 俺は意図的に、雪華とのバトルについての情報を集めるのを避けていたから。 神姫と人間との関係について、改めて考える契機になるならば、それはそれでいいと思う。 「それで、だ。海藤……」 「ん?」 ドーナッツを頬張る海藤に、今日の本題を切りだした。 ■ 「久しぶりですね、ティア」 「はい……アクアさん」 アクアさんとこうして話をするのは、実は初めてだということに、今気がついた。 でも、そんな感じが全然しない。 それは、よくマスターからアクアさんのことを聞いているからだろうか。 それとも、アクアさんが醸し出す雰囲気から来るものなのか。 アクアさんはイーアネイラ・タイプの典型だった。 落ち着いた物腰、優しげな表情、大人びた美貌に、鈴の音のように美しい声。 でも、アクアさんはそれらがさらに洗練されているように思える。 「ずっと……アクアさんとお会いしたいと……お話したいと思っていました」 「あら、そうなのですか? どうして?」 「アクアさんが……マスターが初めて憧れた神姫だから……」 わたしは少しうつむいて、言った。 マスターは、海藤さんとアクアさんを見て、神姫マスターになりたいと思ったという。 海藤さんとの仲がいいだけではなく、アクアさん自身にも魅力があるということだと思う。 わたしは思っていた。 マスターの心を動かせるほどの、アクアさんの魅力ってなんだろう? 「わたしは……嫉妬しているのかも知れません。 こうしてマスターと心通わせることができても、どんな神姫になればいいのか、わからなくて。 アクアさんなら、マスターが憧れた神姫ですから、きっとそのままでもマスターは満足なのではないかと……」 アクアさんは、優しい微笑みを浮かべながら、わたしを見ている。 「そんなことはありませんよ」 「そう、でしょうか……」 「あなたがボディを変えられて目覚めたとき、わたしもそばにいました。覚えていますか?」 「は、はい……」 わたしは少し恥ずかしくなる。 あのときも、わたしは泣きじゃくって、アクアさんに優しくしてもらった。 わたしは優しくしてくれた人たちに、お礼を言うこともできずにいて、やっぱりダメな神姫だと思ってしまう。 「あのとき……遠野さんはとても嬉しそうでした。わたしが今まで見た遠野さんで一番」 「……」 「今日も、とても嬉しそうな顔をしています。 あんな表情をさせるのは、ティア、あなたです。 遠野さんが神姫マスターになるきっかけだったわたしではなく、あなたなんですよ」 アクアさんはにっこりと笑う。 アクアさんは優しい。 今日もわたしを優しく励ましてくれる。 不意に、アクアさんは目を閉じて、こう言った。 「わたしも、ティアがうらやましいです」 「え……?」 なぜ? 海藤さんと幸せに暮らしているアクアさんが……わたしのマスターがうらやむほどの神姫が、なぜわたしをうらやむというのだろう。 「あなたが武装神姫として戦い続けているから。 マスターが本当はバトルロンドを続けたいと思っているのを知りながら……わたしは何もできないでいます。 あなたは戦える。遠野さんが望むように。 それがうらやましいんです」 驚いた。 アクアさんみたいに優しい神姫が、戦うことを望んでいるなんて。 「でも、アクアさんの想いも、海藤さんの望みもかなうかも知れません」 「え?」 「わたしのマスターが、かなえてくれるかも」 少し驚いた顔のアクアさんに、わたしはそっと微笑んだ。 □ 「『アーンヴァル・クイーン』と戦ってみないか」 それが今日の俺の本題だった。 バトルロンドを捨てた海藤だが、バトルをしたくないわけではないはずだ。 それに、クイーンならば、どんな条件を海藤がつけても、バトルしてくれるだろう。 俺は海藤に、クイーンがなぜ俺たちを指名したのか、その理由を語った。 「クイーンは、特徴のある神姫と戦い、戦い方を吸収しようとしている。 だから、バトルの場所も設定も、こちらの要求が通るはずだ」 「……」 「バトルのことを公にすることには、彼らはこだわっていないみたいだし……条件付きで、クイーンとバトルしてみてはどうだ?」 俺は別に『アーンヴァル・クイーン』の肩を持っているわけではない。 海藤自身、彼らに思うところがあるようだったし、機会があれば協力してもいい、みたいなことを言っていた。 雪華のスタンスは、バトルを拒む海藤に、ぎりぎりの妥協点を見つけることができるかも知れない。 それに、海藤だって、バトルロンドに未練があるはずだ。 クイーンとバトルして、その思いが再燃すればいいと思う。 それでアクアの心配の種も、一つなくなるはずだ。 だから、思い切って切りだしてみたのだ。 海藤は、一つ溜息をついた。 「まあ、確かに、クイーンに協力したいとは言ったけどさ……」 俺は黙ってうなずいた。 「だけど、まともなバトルロンドじゃ勝負にならないだろうし……彼らが望んでいるのも、そこじゃないんだろうしね……」 「……海藤」 「なんだい?」 「そんなに、バトルロンドに戻るのが嫌か?」 「……僕は一度、裏切られたからね」 苦笑いする海藤。 だが俺は言葉を続けた。 「だけど、バトルロンドは素晴らしいと思ってるだろう?」 「……うん、そうだね」 「この間、お前の家に来たときに言われた言葉……今でも覚えてるよ。 『バトルだけが神姫の活躍の場じゃない』ってな。 その時は俺も、バトルロンドをあきらめようと思った。お前の言うことももっともだと思っていたさ。だけどな……」 海藤は不思議そうな顔をして、俺を見つめている。 俺は続ける。 「あるホビーショップで、武装神姫のバトルを観て……ああ、やっぱり、バトルロンドはいい、と思った。 自分の神姫とともにバトルする時間は、何物にも代え難いと思う。 俺はバトルを諦めたくなかった……だから、今こうして、ティアとバトルができる。 お前も……そろそろ諦めるのをやめて、いいんじゃないのか」 沈黙が流れた。 長い間黙っていたような気がするが、大して時間は経っていないようにも思える。 やがて、海藤はまた溜息をつく。 「まいるよね……そんなに熱く語るのは、君のキャラじゃないんじゃないの?」 「……最近宗旨替えしたのさ」 「まあ……あのゲーセンじゃなければ……ギャラリーがいなければ、やってもいいのかな……」 「海藤……」 やった。 海藤がとうとうバトルに戻ってくる。 冷静を装いながらも、俺の心の中は沸き立っていた。 「それじゃあ、クイーンに伝えてよ。 バトルは受ける。そのかわり、これから僕が言う条件を飲んで欲しい。それでいいならバトルを受ける……あ、その条件でも、雪華が望むものは観られる、と伝えておいて」 「わかった」 そして、海藤から提示されたバトルの条件を聞くにつれ……その奇妙な内容に、俺の方が首を傾げた。 □ 「……それで、クイーンとアクアのバトルはどうなったの?」 隣を歩く久住さんは、興味津々といった様子だ。 ホビーショップ・エルゴに向かう途中の商店街を、俺たちは歩いている。 俺は少し渋い顔をしながら答えた。 「うーん……圧勝といえば圧勝だったんだけどさ……」 「へえ、さすがクイーン」 「いや、アクアが」 「え?」 久住さんは、目をぱちくりとさせて、驚いている。 それはそうだろうな。 俺は胸ポケットのティアに尋ねる。 「なあ、あの時のアクアと雪華の対戦、三二対○でアクアが取ったんだったか?」 「あ、最後の一本は相打ちだったので、三二対一でアクアさんです」 「……なにそれ?」 ミスティもきょとんとしている。 まあ、それもそうだろう。 普通のバトルロンドでなかったことは確かである。 どんな対戦だったのかというと、それはそれは地味な戦いで、雪華は手も足も出ずにあしらわれたということなのだ。 信じられないかもしれないが、本当なのだから仕方がない。 この戦いについては、いずれ語ることがあるかも知れない。 俺がエルゴに行くのは、店長に改めてお礼に行くのと、約束通り客として買い物に行くのが目的だった。 日暮店長は相変わらず熱い人で、俺が改めて礼を言うと、照れながらも喜んでくれた。 そして、先日の神姫風俗一斉取り締まりについて、少しだけ教えてくれた。 店長が、俺の渡した証拠を持って、警察にあたりをつけたとき、すでに警察内部でも、神姫虐待の疑いで神姫風俗を取り締まろうという動きがあった。 その発端となったのは、例のゴシップ誌に載ったティアの記事だったという。 あの記事は予想外の反響があったらしい。 そのため、警察も見過ごすことができなくなっていたのだ。 ただ、神姫風俗の取り締まりを、どの規模で行うかは決まっていなかった。 今回の一斉捜査にまで規模を広げるように尽力してくれたのは、かの地走刑事だったそうだ。 なるほど、警察の動きが妙に早かったのは、下地があったからなのか。 しかし、日暮店長が何をしてくれたのかは、何度訊いてもはぐらかされて、分からずじまいだった。 もう一つの用事である買い物は、もちろんティアのレッグパーツの改良用部品である。 エルゴには十分な部品が揃っているし、日暮店長も装備の改造や工作にやたら詳しい。 俺は自分で書いた図面を持ち込み、日暮店長と相談しながら部品を揃えていく。 在庫がないパーツは、カタログを見ながら店長のおすすめを聞き、それを注文した。 届いたときには、またエルゴに足を運ばなくてはならない。 時間もかかるし、電車賃もばかにならないが、店長へのせめてものお礼ではあるし、俺自身がこの店に来るのが楽しみで仕方がない。 久住さんも一緒に来てくれるのだから、そのぐらいの負担は大目に見ようという気になろうというものだ。 □ その久住さんには、彼女がホームグランドとしているゲームセンター『ポーラスター』に案内してもらった。 あの事件以来、俺とティアはバトルができる状況じゃなかった。 対戦のカンを取り戻すのと同時に、新しいレッグパーツ、新しい戦術も試さなくてはならない。 そのためには、日々の対戦環境がどうしても必要だった。 自宅でのシミュレーションでは、どうしても限界がある。 『ポーラスター』は、俺たちのいきつけのゲーセンよりも大きく、バトルロンドのコーナーも倍くらいの広さがあった。 それでもすべての対戦台が埋まっているほど盛り上がっているし、神姫プレイヤーも多い。 久住さんがバトロンのコーナーに入って軽く挨拶しただけで、歓声に迎えられた。 大人気だった。 あとでこの店の常連さんに聞けば、彼女はずっとこの店の常連だという。 『エトランゼ』として、他の店を飛び回っていることが多いので、この店に戻ってくると、常連プレイヤーたちの歓迎を受けるらしい。 久住さんの紹介で、俺はこの店でバトルする機会を得た。 ティアの新しいレッグパーツを試し、調整し、また戦う。 新しい技や戦術も実戦の中で試すことができた。 時にはミスティに協力してもらい、練習したりもした。 ありがたい。 おかげで、ティアは新しいレッグパーツをあっという間に使いこなせるようになり、新戦術を使いながら、バトルロンドを楽しむことができた。 『ポーラスター』は、客の雰囲気がいい店だった。 俺がティアのマスターだとばれたときには、ちょっとした騒ぎになったが、誰もが紳士的な態度でほっとした。 神姫マスター同士も和気藹々としていて、まずバトルを楽しもうという気持ちが感じられる。 初級者でも、上級者にバトルについていろいろ尋ねることをためらわないし、聞かれた方も丁寧に答えている。 このゲーセンの実力者は、久住さんを含めて五人いるそうだが、五人ともこのようなスタンスを貫いているという。 故に、中堅の神姫プレイヤーも初級者も、ついてくる。 そんな環境だと、上級者のレベルが頭打ちになりがちだが、エトランゼに影響されて、他のゲーセンに遠征する常連さんも多いという。 その結果、総じて対戦のレベルが高くなっている。 理想的な環境だと思う。 俺が通うゲーセンもこうだといいのだが。 □ そんな風に過ごして、一ヶ月が経った頃。 土曜日の夕方の『ポーラスター』。 久住さんと一緒にバトルロンドのギャラリーをしていた俺に、電話がかかってきた。 通話ボタンを押すと、 『わーーーーーっはっはっは!! みたか遠野、ざまあみろ!!』 大声の主は、大城だった。 隣の久住さんにも丸聞こえで、思わず吹き出している。 「……いったいなんなんだ、大城」 『ついにやったぞ! ランバトで、三強を倒して、ランキング一位だ!』 「おお……それはおめでとう」 そうか。 ついに大城と虎実は、あのゲーセンで一位になったのか。 それは、俺が待っていた連絡だった。 『どうだっ! 俺たちだってやればできるんだぜ、わっはっは!』 『つか、話が進まねぇだろ! かわれ、バカアニキ!!』 電話の向こうで、大城の神姫が叫んでいる。 しばらくして、虎実の静かな声が聞こえてきた。 『……トオノか?』 「そうだ」 『アタシ、ランバトでトップになった』 「聞いたよ」 『……約束、覚えてんだろーな』 「忘れるはずがない。俺たちをバトルロンドに引き留めてくれたのは、お前との約束だよ、虎実」 『ばっ……んなの、どーでもっ……そ、それよりも、ティアと! ティアと戦わせてくれるんだろ!?』 虎実の声がうわずっている。 照れているのが手に取るように分かる。 俺は思わず苦笑した。久住さんの肩で、ミスティが吹き出している。 「もちろん。お前がそう言ってくれるのを待っていた」 『なら……約束を守ってくれ』 「わかった」 明日、いつものゲーセンで。 ついにティアと虎実のバトルだ。 俺は携帯電話の通話を切ると、いつものように胸元にいるティアに声をかける。 「ティア……約束を果たそう」 「はい、マスター」 そう言うティアは嬉しそうに微笑んでいた。 次へ> トップページに戻る